「雪が降り、氷が張り、氷が解けて、春になった」 この、季節の移り変わりの表現はいいですね。
― 山形県 ―
語り 井上 瑤
再話 佐藤 義則
整理 六渡 邦昭
さる昔、あったけド。
あるところさ、三人の娘持った長者爺様あったけド。
あるとき、千刈(せんかり)り田(だ)さ水コ見に行って見っと、カラカラに干上(ひあ)がってだけど。爺様ァ困っで、
「この千刈り田さ水コかけで呉(け)た者さ、娘三人の内どれか一人嫁コに呉れてもええがなァ」
って、独言(ひとりごと)いっだけド。
ほしたら、山の猿コァ聞きつけで、
「爺ンファ、爺ンファ、今のは本当らが。本当らば俺水コかけで呉んベス」
って、いったけど。
ほの晩方、あらためて千刈り田さ行ってみっと、どの田さも、どの田さも、水コァたぷたぷと張らさってで、田の畔(くろ)からこぼれるばりになってだけド。
んだげんど、山猿コァ、
「明後日(あさって)、姉コもらいに行ぐぞ」
って言うさえ、なじょしたごんだがどで、爺様ァ頭痛(や)めで、家さ帰って寝ですまたけド。
そこさ一番姉コァ、
「父っつあま、晩餉(げ)の飯(まま)だズ。起ぎであがり申せェ」
って、呼ばりに来たド。爺様ァ、
「なァ姉コや、山の猿コに千刈り田の水張ってもらったで、娘を嫁にやんねばなんねえが、お前(め)、行って呉ねべがや」
って頼むど、
「なに馬鹿申すごんだ。誰が猿奴(め)さ嫁コ行ぐごんで」
って、枕ば蹴とばして逃げでったけド。
今度ァ、二番姉コァ、
「父っつあま、飯あがり申せ」
って、呼ばりに来たけド。ほんで
「これこれの訳でなス、お前、猿コさ嫁コになって呉(け)んねべが」
って頼むど、
「俺も嫌でござりますちゃ」
って、さっさど行ってすまったけド。
今度ァ末の娘コ来て、
「父っつぁま、起きで飯あがって呉ろ」
って呼ばりに来たけド。
「んなら、お前、猿コさ嫁コ行って呉っかや」
って頼むど。
「ああ、行ぎ申す。父っつぁまの約束は守らねばなんねがす」
って、めんこいごと述(の)べだけド。
爺様ァにわかに元気になっで、晩の飯食ったけド。
ほれがら三日目の朝間、山の猿コァ、裃(かみしも)コ着て嫁コもらいに来たけド。
猿コァ嫁コもらって、山さ登って行ったけド。
ほれがら、
雪コ降って、氷コ張って、氷コ解けで、春になったけド。
永い事爺様さ会わねで暮らした娘コァ、猿コど初の里帰りするこどになったど。
「父っつぁまァ、何よりも餅コ好きださげェ」
って、べったら、べったら餅コついだけド。
猿コァ
「餅コァ、重箱さ入れてったら良えべが」
って言うがら、嫁コァ、
「重箱くさいって言うべずや。臼コのまんまがいっとうええ」
って言ったけド。ほんで猿コァ、重ったい臼コごと餅コ背負(しょ)って山道を下ったけド。
ちょうど頃ァ、弥生(やよい)三月、山には桜花がいっぱい咲いてたけド。ほのなかでも、谷川の上さ枝栄えで咲いでた花コ一番きれいらけド。
「父っつぁまさ桜花の枝コ一本もって行ったら、なんぼが喜び申すごんだが」
って嫁コがいったら、猿コァ、臼コば下(おろ)して木さ登ろうとしたけド。嫁コァ、
「猿どの、臼コば土さ置ぐど、せっかくの餅コが土くさぐなって父っつぁま食わねぐなっと困るさえ、どうが下さねで呉申(けもう)せ」
って猿さ臼背負ったまま木さ登らせだけド。
「この枝コがァ」
って猿が叫ぶど、下で嫁コが、
「まっと、てっぺん」
っていったけど。
「ここかあ」
「まっとうえぇ」
って、だんだんとてっぺんへ登らせだけド。
ほしたら、枝コ、メリメリバリバリって折れて、猿コァ、臼ごと谷川さ落っこって、あっぷらかっぷら流れ申したけド。
流されながら
猿沢に 流るる命は惜くなけれども
あとで お姫コ お泣ぎあうべちゃ
って、歌コ詠(よ)んで、沈んでしまったけド。
ほれがら、末の娘ァ家さ戻って、爺様と仲良く暮らしたず事だけド。
ドンビン、サンスケ、ホーラの貝。
「雪が降り、氷が張り、氷が解けて、春になった」 この、季節の移り変わりの表現はいいですね。
猿の描き方で末娘の印象が大きく変わりますね。 原文ママだと、猿の娘(嫁)への想いと末娘の猿への想い(殺意)に隔たりがあり、長い間一緒に暮らしていたのに想いが通じず、畜生は畜生として殺す末娘の冷酷さが際立ちますので恐ろしく感じました。 末娘の境遇には同情すべき点はあると思いますが、嫌なものは嫌と猿と父親とともに妥協点を見出さず、謀殺するのはあんまりだと思います。 ( 50代 / 男性 )
なぜ、3番目の娘は猿を計画的に殺害しているのに、幸せになるのでしょうか。猿がかわいそうでなりません。死ぬ時も娘のことを心配しながら、娘のことを想いながら死んでいったのに、娘には何の報いもないし、反省もない。こんな話が全国にたくさんある理由が分からない。嫌なら結婚を断るべきだし、親孝行みたいだけれど、計画的に殺していて二人の姉たちよりひどい娘です。この話をするときは、娘のひどさを伝えたいと思います。( 50代 / 男性 )
むかし、むかし、あるところに獺(かわうそ)と狐(きつね)があって、道で行き合ったと。狐が、 「ざいざい獺モライどの、よい所で行き合った。実はこれからお前の所さ話しに行くところだった」 というた。
「猿婿入」のみんなの声
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