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くにしふちとりゅう
『国主淵と龍』

― 和歌山県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭

 これは和歌山県の※貴志川町(きしがわちょう)を流れる貴志川にまつわる話。
 むかし、長い日照り(ひでり)が続いたことがあったそうな。
 畑や田んぼがひび割れて、稲は枯れかかっていたと。
 「このままでは年貢を納めるどころか、食うものにもこと欠いて、村は全滅(ぜんめつ)じゃ」
 「井戸を掘(ほ)ってもみたが、このあたりは塩っ気があって使いものにならん」
 「たのみの貴志川も、とっくにそこを見せとるし」
 「どっかに水はないものか」
 水は国主淵(くにしふち)に溜(た)まったものだけになり、それも日毎(ひごと)に少なくなっていったそうな。 

 
※貴志川町:現在の紀の川市
 

 
 そんなあるとき、村の古老(ころう)が、
 「そういえば、わしが子供のころ年寄りに聞いた話じゃが、何でも、国主淵の底に龍宮(りゅうぐう)へ続いている穴があって、大昔に理由(わけ)あって穴をふさいだそうな。嘘(うそ)か本当かぁ判らんが、その穴をふさいどるものを取り除ければ、水はなんぼでも湧き出てくるんじゃぁなかろうか」
というた。
 そこで、ある強い侍が淵(ふち)の底に潜(もぐ)って確かめることになったそうな。
 侍が“国次(くにつぐ)”という名刀を口にくわえて潜ってみると、言い伝え通りにそこに洞穴(ほらあな)があって、その前に太い松の木みたいのが横たわってあった。
 侍は、それを押したり引いたりしたがびくともせん。そこで、刀を逆手(さかて)に持って力まかせに突き立ててみた。すると、太い松の木みたいのが、ズルズルと動き出したと。 

 
 松の木に見えたのは、実は、大きな龍だったと。
 龍は、燃えるような眼(まなぐ)をカッと見開き、侍に襲(おそ)いかかってきた。
 侍は必死に刀を振りまわした。刀が龍に当たるたびにカチッと音がして、ウロコが飛び散ったと。
 戦って戦って、数え切れないほどのウロコを切り落とされた龍は、弱って、淵の底に沈んでいったと。


 侍が水面に浮かびあがったら、なんと、龍の面が数えきれないほど漂(ただよ)っていて、それらが水を切って走り、噛(か)みついてきた。
 「化けものめ、まだ残っていたか」
 侍は右手で刀を立てて斬(き)り割き、左手で生き面(いきめん)をつかむと、サッと岸に投げた。すると不思議なことに、斬られた面はその場で龍のウロコに変わり、岸に投げられた面は魔力(まりょく)を失って、みるみるうちに干からびたと。

 
 侍が最後の面を斬り割き、岸辺に泳ぎ着いてホーッと息を吐いたときだった。
 淵の中ほどで渦(うず)が巻きはじめて、それが段々に大きくなっていった。すると、空でも、にわかに湧(わ)いた黒雲(くろくも)が渦を巻きはじめ、それが段々に大きくなって、あたりが妙な具合に薄暗くなった。稲光(いなびかり)がして、ゴロゴロ鳴りだしたら、たちまちどしゃ降りになった。雷がひときわ大きく鳴ったとき、渦の中から龍が跳び出て、空に渦巻く黒雲の中へ駆(か)け昇っていったと。


 村人たちは肝っ玉(きもったま)飛ばして、尻餅(しりもち)をついたり、這いつくばったりしておったが、やがて久しぶりの雨に大喜びしたと。
 そのとき以来、貴志川の水がどんなに涸(か)れても、この国主淵だけは底を見せたことがないそうな。

「国主淵と龍」のみんなの声

〜あなたの感想をお寄せください〜

驚き

家の近くの場所の伝説なので驚きました。龍がいたという話はきいたことありましたが詳しくしらなかったので勉強になりました。( 50代 / 女性 )

驚き

いや、龍にとっては大迷惑だよね。 ( 50代 / 女性 )

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