― 富山県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、ある山にほら穴があってな、麓(ふもと)の村の者は、このほら穴から、お客用のお膳(ぜん)やお椀(わん)を借りとったそうな。
ほら穴の前で、ポンポンと手を打って、
「ほら穴さま、ほら穴さま、お願えします。お膳五人前、お椀五人前、借してくんなせぇ」
と、願(ねが)えば、次の朝にはちゃあんと揃(そろ)えてほら穴の前に置いてある。用が済んだら、きれいに洗って返しておくきまりなんだと。
ある時、欲張(よくば)り爺(じい)さがお膳とお椀を借りたそうな。用が済んでも返すのをいちにち延ばしにしとる。
あんまりきれいで品物(しなもの)がいいものだから、
「こら、返さんで、俺(おら)のものにしよう。こんげにいい物、分限者(ぶげんしゃ)でも持っていねえ」
と、とうとう返さないでいたんだと。
そうしたら、今度、村の者がいっくら頼(たの)んでも、ほら穴から、お膳もお椀も出て来なくなってしまったと。
「こら、誰かほら穴さまを怒(おこ)らせた者がいるな」
村中大騒ぎになった。が、欲張り爺さは知らん顔。
やがて、秋になって米が穫(と)れた。欲張り爺さは、馬に米俵(こめだわら)をつけて町へ売りに行った。
すると、どうしたことか、馬は、町へは行かず、山へ行くんだと。
「そっちでねぇや、町へ行け」
と、いっくら綱(つな)を引っ張っても、馬は山の方へ、山の方へと行くんだと。その内、馬は、ほら穴のところへ来て勝手に中に入って行ってしまった。
欲張り爺さは、前の事があったもんだから、恐くって、ただ穴の前でおろおろするだけなんだと。
すると、穴の奥から、
「アハハハハ」「オホホホホ」
と、いくつも嘲笑(あざわら)う声がして、
「お膳とお椀の替わりに、この米をもろうておく。これで元が取れた」
こう言ったそうな。
それからじゃ、このほら穴のある山を、元取山(もとどりやま)と言うようになったのは。
元取山とほら穴は、今でも、富山県の福岡町にあるそうな。
これでパッチリ 柿の種。
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むかし、あるところに貧乏な若者が一人暮らしておったと。ある冬の日、雉(きじ)が鉄砲撃(てっぽうう)ちに追われて薪木(まきぎ)を積み重ねたかこいにささっているのを見つけて、助けてやったと。
むかし、豊後の国、今の大分県臼杵市野津町大字野津市というところに吉四六さんという面白い男がおった。ある日のこと、吉四六さんにしては珍しくすることがなくて、縁台に腰かけていた。
「元取山」のみんなの声
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