血が途絶えましたけど、いいんすか?これで…( 40代 / 男性 )
― 岩手県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭
昔あるところに信心(しんじん)深い婆(ば)さまが良くない息子夫婦と暮らしてあったと。
婆さまが齢(とし)とって働くことが出来なくなったれば、息子夫婦は婆さまを邪魔者(じゃまもの)扱いして苦言(にがごと)ばかり言うようになったと。
あるとき、息子夫婦はひそひそと何事か相談していたが、嫁がいつにない猫なで声で、
「婆さまし、婆さまし、極楽(ごくらく)見せてあげるはで、みんなで観に行こ」
と言うて、婆さまを下(さ)げモッコに乗せ、息子と嫁の二人して担(かつ)いで奥山(おくやま)さ行ったと。
崖の上さ来ると、嫁が、
「婆さまし、極楽が見えんべ」
と言った。
婆さまは、なんぼ眺(なが)めても極楽など見えないもんだから、
「さっぱり見えないじぇ。ずっと下(しも)に川音(かわおと)が聞こえるばかりだじぇ」
と言うと、嫁が下を指差して、
「ほれ、あそこ、もっと下、もっと下を覗(のぞ)いて見てござい」
と言った。婆さま、
「どこじぇ」
って、前屈(まえかが)みで下を覗いたら、その背中を息子がドンと突(つ)いた。婆さまは崖下(がけした)へ落ちて行ったと。息子と嫁は、
「やれ、こんでさっぱりした」
と言うて、家さ帰って行ったと。
突き落とされた婆さまは、崖の途中(とちゅう)に生(お)がっていた木に、うまいことひっかかった。藤蔓(ふじづる)さつたって、ようよう這(は)いあがったと。
あがってはみたものの、今更(いまさら)帰る家もないし、日も暮れてくるし、その晩は山にあったお堂に入って泊ったと。
眠っていたら、真夜中ごろになって外が賑(にぎ)やかで目が覚(さ)めた。何だべ、と婆さまが戸板をこそっと開けて外を見たら、お堂の前で天狗(てんぐ)さまたちが寄り集まって博奕(ばくち)をやっていた。
「ははぁん。話に聞いたことある“天狗さまの博奕”というのはこのことだな」
と思って、なおも身を乗り出して見ていたら、戸板がはずれて、ドタン、バタンとえらい音をたててお堂から転げ落ちた。
そしたら、びっくりした天狗さまたちは銭(ぜに)をその場に置いたままにして、逃げてしまったと。
婆さまは、その銭を拾い集めて家に帰ったと。
挿絵:福本隆男
婆さまを見て、「あわわ」と驚いて後退(あとずさ)りしている息子と嫁に、何喰わぬ顔をして、
「いやぁ、極楽ってとこはええとこだなぁ。うんとご馳走(ちそう)食わせてもらって、その上、こったに銭コ貰(もろ)うてきた」
と言った。
それを聞いた息子と嫁は、
「そ、そうか、ご、極楽さ行けたのか」
「んだ。崖から落ちると行けるみたいだ」
「そら、いいことを聞いた。おらだちも行って、銭コ貰うてくるべや」
と言うて、そそくさと奥山さ行って、崖の上から飛び降りたと。
良くない息子と嫁は、それっきり帰って来なかったと。
どんとはらい。
血が途絶えましたけど、いいんすか?これで…( 40代 / 男性 )
婆さまが生きててよかった!( 10歳未満 / 男性 )
息子達可哀想!( 10代 / 女性 )
昔、あるところに、人の住まない荒(あ)れた屋敷(やしき)があったそうな。何でも昔は、分限者(ぶげんしゃ)が住んでいたそうだが、どうしたわけか、一家みな次々に死に絶(た)えてしもうて、そののちは、だあれも住む人もなく、屋敷と仏壇(ぶつだん)だけが荒れるがままの恐(おそ)ろしげになっておった。
南部と秋田の国境(くにざかい)に、たった二十軒(けん)ばかりの淋(さび)しい村がある。この村から秋田の方へ超(こ)えて行く峠(とうげ)の上に、狼(おおかみ)の形をした石が六個(こ)並(なら)んでいる。
「極楽を見たという話」のみんなの声
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