まん日の道楽をなおす医者にも似ていますね! 赤ひげ先生はとんちのきいた人ですね! 本当にいたのでしょうか?( 男性 )
― 東京都 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、江戸の小石川(こいしかわ)、今の東京都文京区に小石川診療所(しんりょうじょ)というのがあって、赤ひげ先生という、診(み)たても、治療(ちりょう)も、薬もうまい名医があった。
貧乏人からは金(かね)を受けとらんし、ひとがさけるような病(やまい)も嫌な顔をせんし、大変な評判(ひょうばん)で、
「赤ひげ先生の薬さえ飲めば、どんな病気でも治(なお)ってしまう。えらいもんだ。神さまみたいな先生だ」
だれもがそう言って、むずかしい病気になると、すぐに赤ひげ先生を頼(たよ)った。しぜん赤ひげ先生は忙(いそが)しい。体がいくつあっても足(た)りない風で、たくさんの弟子を置いて、手つだわせていた。
ある晩、一人のお婆さんが杖(つえ)ついてやってきた。赤ひげ先生に、
「先生、実はわしの息子がとんでもない癖(くせ)がありまして、弱っとります。ひとつ先生のお力で治してもらおうと思うてやって来ましただ。よく効(き)く薬を盛って下っさい」
「ん、その癖というのは、どんなんだ」
「それが、お恥(はずか)しい話ですが、盗人(ぬすっと)の癖がありまして。そのうちお役人さまにつかまるのではないかと思うと、この先、安心して死ねませんのじゃ。なんとか薬を盛って下っさい」
と、拝(おが)み頼んだと。
「ん、盗人か、そりゃ困った癖だ」
赤ひげ先生、あごひげをなでなで思案顔(しあんがお)だ。
やがて、
「ん、そこでしばらく待っていなさい」
「へ、へえ。あした死んでも惜しい命ではありません。お願いします。お願いします」
さすがは名医だと思ってお婆さんが待っていると、赤ひげ先生は、すぐに薬研(やげん)でごしごし何やら粉薬をつくって、紙に包んで持ってきた。
「ん、婆さん、息子が泥棒(どろぼう)に入りたくなったら、すぐこの薬を服(の)むようにさせるといい。きっと泥棒の癖は治るはずだ」
「ありがたや、ありがたや」
お婆さんは、薬をおしいただいて、喜んで帰ったと。
このありさまを奥から見ていた弟子たちは興味(きょうみ)しんしんで、
「先生、盗人の癖まで治せるとは知りませんでした。いったい、どんな薬草を処方(しょほう)されたのですか」
と聞いた。赤ひげ先生、
「ん、どんな薬か、お前たちも考えて見よ」
というた。
弟子たちは皆して考えたが、ぜんぜん見当(けんとう)つかなかったと。
「先生、降参(こうさん)です。私たちではとても無理です。是非(ぜひ)その薬の盛り方をお教え下さい」
と頼むと、赤ひげ先生、ひげをなでなで、
「ん、肺臓(はいぞう)をかわかす薬を包んでやった。肺臓をかわかすと咳(せき)が出るだろ。咳が出れば泥棒にも入れない」
こういうた。
弟子たちは、赤ひげ先生のうまい思案に思わずコホン、コホンとむせながら、やっぱり先生は日本一の名医にちがいないと思うたと。
おしまい チャン チャン。
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「盗人をなおす医者」のみんなの声
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