お兄さんかっけぇ!( 10歳未満 / 男性 )
― 徳島県 ―
語り 井上 瑤
再話 細川 頼重
整理・加筆 六渡 邦昭
とんと昔の話じゃったそうな。
あるところに女の子が出来た。名前をお福(ふく)とつけた。村中(むらじゅう)でも誰(だれ)にも負けない器量好(きりょうよ)しだったと。
家元もいいし、顔もきれいなのに、どうしたことか縁遠(えんどお)い。年頃(としごろ)になっても婿(むこ)さんの来てがないのだと。
親は先のことを考えると、それだけが心配だったが、誰でもいいわけではなく、人に優(すぐ)れた男を婿さんにしたかったと。考えたあげく、門口(かどくち)に高札(こうさつ)を立てた。
この家の裏にある築山(つきやま)の石を持って来て、広庭(ひろにわ)を三回まわった者に、娘をやるものなり
と、書いて立てた。
三年たったが、誰も来ん。あきらめた頃(ころ)に、年の頃なら六十歳ぐらいの婆(ばあ)さんが来た。
「門口の高札を見て来たが、あれはほんとか」
「その通りじゃ」
「そんなら、私が高札の通りしたら、娘をくれるか」
「そりゃやる」
こんな婆さんが、あの大きな石を持つことなんぞ、とても出来まい、と思うて答えた。
挿絵:福本隆男
「そんなら」
というて、婆さんは、両親(りょうしん)と娘の見ている前で、裏(うら)から千三百貫もある石を、両手に差し上げて
「よいこらしょ」
と肩に担(かつ)ぐと、広庭を三遍(さんべん)廻(まわ)った。そして庭から玄関(げんかん)まで担いでくると、石を放り投げて、娘を抱えて飛(と)び失(う)せたと。
「ありゃ、変化(へんげ)じゃ。さあ大事(おおごと)だ」
と、みんなが騒(さわ)いだがどうもならん。そこへこの家の跡(あと)とり兄が戻って来たと。
「なにを騒いどる」
「お福がさらわれた」
「お福が!?誰に、どうして」
そこで両親はさっきあったばかりの出来事をを語ったと。
「そりゃ、鬼(おに)じゃ、どっちへ行った」
指差す方へ、兄は飛び出して行ったと。
足まかせに捜(さが)し捜して山をこぎ分けて行ったら、奥山の高い滝(たき)の下に出た。ここから上へはどうしても登れん。
滝をまわれば何とかなるかと、別山(べつやま)に登ってみたら、山の上の方でパチパチ音がした。
岩に隠(かく)れてうかがったら、白髪(しらが)の婆さんが木を踏(ふ)み折っていた。
「あいつじゃ、見つけたど」
というて、回り道して登っていると日が落ちて、あたりは真っ暗になった。検討をつけて、なおも行くと、婆さんの家らしいのがあった。
中にいる人の影が障子(しょうじ)に映(うつ)っている。近寄(ちかよ)って、障子の隙間(すきま)から覗(のぞ)くと、囲炉裏(いろり)に火をたいて、爺と婆と娘の三人があたっていた。
娘はお福であったと。
兄は大きな声で、
「お願い申します」
と呼んだら、婆さんが出てきた。
「私は道にはぐれて迷い込んだ者ですが、一晩泊めてもらえませんか」
というと、婆さんは一度中へひっこんだ。して爺さんとヒソヒソ話をしたと。
「若い者で三十位だ」
「若い者か、そんなら幸いだ。無理矢理(むりやり)娘の婿にしてしまえ」
婆さんが、また出てきて、
「年寄りなら宿(やど)貸(か)さんが、若い衆(し)で、娘の婿になるなら宿貸してもええ。どうだ」
「婿になるから、どうぞ宿貸してたもれ」
とやり取りした。
兄はなんとしても泊まり込み、お福を連れて帰るつもりだ。婆さんは、
「それなら望むところじゃ」
というて、座敷(ざしき)に上げてくれたと。
酒も出て、肴(さかな)も出て、御馳走(ごっつおう)も出て、兄はたらふく食べた。
次の日、兄は家の様子をよく調べたと。
その次の日は、爺さんと婆さんの様子を伺い、妹のお福にそっと逃げ出す心積(こころづ)もりを話したと。
三日目になると、婆さんに、
「今日は、娘と祝言事(しゅうげんごと)せい」
といわれた。
爺さんと婆さんは、朝から御馳走こしらえたり、酒をあてごうたり、大いそがしだ。
いよいよ祝言事になって、お祝いがはじまった。
兄は酔(よ)うたふりをした。爺さんと婆さんはほんとうに酔うた。
「婿さん、なんぞ面白(おもしろ)い話でもせい」
「何も知らん」
「そんなら歌でもやれ」
「歌も知らん」
「なにかあろう、なんでもいい、やれ」
「そんなら浄瑠璃(じょうるり)なら語れる」
「やってみい」
「そんなら見台(けんだい)と叩(たた)くもん持ってきてくれ」
見台はなかったが、かわりに箱(はこ)と木の枝を持ってきた。
「この枝ではいかん。こんなものでは力が入らん。浄瑠璃は大声でいがいたてて、見台をたたかんと、節に力が入らん。もっとしゃんとした、叩いて手応(てごた)えのあるものを持ってきてくれ」
「そんなら、爺さん、あれはどうかえ」
何を持って来るのかと見ていたら、桐(きり)の箱の蓋(ふた)を開けて、棒(ぼう)を出した。
「これならええ。これなら力が入る。ところで、これは何をするものぞ」
「これは一時千里棒(いっときせんりぼう)じゃ。一度に千里飛べる」
「どうしたら飛べる」
「一時千里というて叩けばええ。また千里言うたら、また千里飛べる。我が家(わがや)の家宝(かほう)じゃ」
「そんじゃ、これを借りて語ろうか」
と言うが早いか、妹のお福を横抱(よこだ)きにして、
「イットキセンリ」
というた。そしたら、ぐいーっと千里飛んだ。
挿絵:福本隆男
あわてて婆さんが追いかけてきたけど、追いつかん。また
「イットキセンリ」
というて、ひとっ飛びに我が家へ飛んで戻ったと。
ちょうど、それは節分の晩だった。家の衆(し)に、
「今戻った」
と言うたら、
「よいときに戻ってきた。豆を煎(い)り終えたところじゃ」
という。みんなが一升枡(いっしょうます)に煎り豆を入れて用意し、神棚(かみだな)にもそなえたちょうどそのとき、鬼婆(おにばば)さんが追いついて、
「やい、婿、娘を返せ。婿も来い」
と大っきな声で呼びたてた。
兄は神棚にそなえた炒り豆をつかむと、
「福は内」
といいながら、妹のお福を家の中へ引きこんだ。鬼婆さんには、
「鬼は外」
と言うて、豆をぶっつけたと。
神棚にそなえた煎り豆では鬼婆さん、たちうち出来ん。
「痛てて、痛てて」
いうて、逃げていったと。
挿絵:福本隆男
こんなことがあってからこっち、どこの家でも
「福は内 鬼は外」
というて、煎り豆をまくようになったんじゃと。
こんでしまい。
お兄さんかっけぇ!( 10歳未満 / 男性 )
だから、「鬼は外、福は内」というようになったんだ( 10歳未満 / 女性 )
鬼爺と鬼婆は何がしたかったの…( 30代 / 女性 )
「福は内 鬼は外」のみんなの声
〜あなたの感想をお寄せください〜