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さる むこいり
『猿聟入り』

― 埼玉県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 昔あったと。
 あるところに爺(じ)さと娘三人とがいてあったと。
 あるとき爺さが山の畑で種豆(たねまめ)をまいていたら腰(こし)を痛(いた)めてしまった。木株(きかぶ)に腰かけて、
 「今日中に種豆まかにゃならんちゅうに、困ったこんだ。誰(だれ)か替(か)わってまいてくれたら三人居る娘の一人くらい嫁(よめ)にやるんじゃが」
と、つぶやいたと。
 そしたら猿(さる)が一匹ヒョコッと出てきて、
 「俺がまいてやらぁ」
 いうて、種豆、みんなまいてくれたと。
 「やあ、こりゃありがてえ」
 「爺、約束どおり、娘くれべぇなぁ」
 「あ、ああ、やる」

 
 爺さ、娘に聞きもしないで軽約束(かるやくそく)したもんで、家に帰って寝込(ねこ)んでしまったと。
 一番姉がきて、
 「いつまで寝てたって、腰が楽になるっちゅうもんでもねぇ。起きて茶か湯でも飲んだら」
という。爺さ
 「う、うーん。茶も湯もいらねぇ。お前(め)、俺のいうこと聞いて、猿んとこへ嫁に行ってくんねえかい」
というたら、一番姉、
 「いうにことかいて、猿の嫁なんて」
とおこって、行ってしまった。
 今度は二番姉が来た。
 「寝てばっかりいねで、茶でも、湯でも飲んだら」
 「う、うーん。茶も湯もいらねぇ。お前、俺のいうこと聞いて、猿んとこへ嫁に行ってくんねえかい」
 「いうにことかいて、猿の嫁なんて」
とおこって、これも行ってしまった。
 そしたら末娘(すえむすめ)が来て
 「寝てばかりいねで、茶でも、湯でも飲んだら」
という。

 
 「う、うーん。茶も湯もいらねぇ。お前言うこと聞いて、山の猿のとこ嫁に行ってくんねえかい」
と聞いたら、末娘
 「おれ、親のいうことなら、なんでも聞くから」
というたので、爺さ、心も身も晴れ晴れとして起きあがったと。

 何日かして、山から猿が来た。
 「爺、この間の約束どおり、娘を嫁に迎えに来た」
 末娘は猿について山へ登って行ったと。


 猿の家についたら末娘は、
 「俺は縁(えん)あってお前の嫁になったけんど、三月節季(さんがつせっき)が来て、節季帰りしないうちは本当の嫁にはなれないんだ」
というた。猿は、
 「そんなもんかな」
と、いうたと。


 三月節季がきた。猿が、
 「節季帰りに、爺に何を土産(みやげ)にしようか」
というから、末娘は、
 「爺は餅(もち)が大好きだ」
というた。
 猿と末娘は臼(うす)で餅つきをしたと。
 「おれの爺さは餅を臼ごともって行ったのが好きなんだ」
 「そんなら」
 いうて、猿は臼に縄(なわ)かけて背負(しょ)ったと。

 里の近へ行ったら、橋のたもとに桜の花が川に乗り出したかっこうで、ぶわっと咲いていたと。
 「おらの爺さは桜の花が大好きなんだ」
 「そんなら一枝手折って行こう」
 猿が臼を下ろそうとしたので、末娘は
 「爺さは、土のついた臼の餅は嫌いなんだ」
というた。


 猿は「そんなら」というて、臼を背負ったまま木を登ったと。
 「どの枝がいい」
 「もっと上の」
 「これか」
 「もう少し上だ」
 猿が梢(こずえ)まで登って、「この枝か」といったら「それだ」という。手をのばしたら枝がポキンと折れて、枝握(にぎ)ったまんま川の中へ落ちたと。
猿は流されながら
 〽  猿は川に流るるとも
   あとに残りし嫁が哀(かな)し
 と歌を詠(よ)んで、流されながら沈(しず)んでいったと。
 末娘は爺さのいる家へ帰って、仲よく暮(く)らしたと。

 おしまい、ちゃんちゃん。

「猿聟入り」のみんなの声

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50代の独身男にとっては猿が可愛そうだ。( 50代 / 男性 )

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