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きじょもみじ
『鬼女紅葉』

― 長野県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、むかし、奥州(おうしゅう)の会津(あいづ)に笹丸(ささまる)と菊世(きくよ)という貧しい夫婦(ふうふ)が暮らしていたと。
 二人には子供がなかった。
 それで毎日毎日第六天(だいろくてん)の魔王(まおう)に手を合わせ、
 「どうか赤児(あかご)を授(さず)けて下され」
と、祈願(きがん)しておったと。
 そしたらある朝、菊世が笹丸に、
 「父(と)っちゃ、父っちゃ。おら、夕(ゆ)んべいい夢見た」
と、嬉しそうな顔をしていうた。 

 
 「どんな夢だ」
 「第六天の魔王様が出てきた」
 「ほえっ、で、どうした。早よ言え」
 「おらたちの願いを叶えてやる、いわれた」
 「なんと」
 「そのあと、たくさんの光りに包まれて、おら、身体がふわぁっと浮いたような、えもいわれぬいい気持になった」
 「ほうか、ほうか。願いを叶えてやるってか。光りに包まれたってか。ええ夢じゃのう」
 二人は、第六天の魔王に手を合わせて、
 「どうか正夢(まさゆめ)でありますように」
と拝んだと。
 そしたら、日が経つにつれて菊世の腹が大きくなって来たと。
 やがて月満(つきみ)ちた頃合いに、本当に赤児が産まれた。美しい女児(おなご)であったと。
 二人は、この児に呉葉(くれは)と名付けて、大事に育てたと。 

 
 呉葉が年頃の娘になると、輝くばかりの美しさと琴のうまさが、近隣(きんりん)はもとより遠国(おんごく)にまで評判になって、あちこちの長者や領主たちが、我が息子の嫁に欲しいと言ってきた。訪れる者皆々、金子(きんす)だのサンゴの髪飾りだの高価な品々を置いていく。呉葉の家には、たくさんの金銀財宝が貯(た)まったと。
 笹丸と菊世は財宝を前にしてだんだん欲が出て来た。
 「京へ上がればもっといい話があるにちがいない」
 三人はありったけの金銀財宝を持って、ある夜こっそり、京へ上がったと。
 家を買い、呉葉の名前を紅葉(もみじ)と変えて、琴指南(ことしなん)の看板をかかげたと。
 琴の調べも姿形(すがたかたち)も美しい紅葉のうわさは源経基(みなもとのつねもと)の奥方にもきこえて、奥方の琴指南をたのまれた。
 奥方に琴を教えていると、その席にはきまって経基がいるようになり、そのうち経基が紅葉の家を訪れるようになった。いつしか二人は深く愛しあうようになったと。


 二人の仲を知った奥方は、胸をかきむしってくやしがった。
 「紅葉にくし。あやつさえおらなんだら」
 紅葉は奥方の激しい嫉妬(しっと)をうけ、ついに戸隠(とがくし)の岩屋(いわや)に流されてしまったと。両親までも家と財産を押えられて裸一貫(はだかいっかん)で放り出されたと。 
 戸隠に流された紅葉は経基と両親を想わぬ日はなかったと。
 そんなある日、紅葉は、両親が乞食(こじき)となって死んだことを報(し)らされた。
 紅葉は悲しみのあまり、ついに狂って鬼女(きじょ)の正体を顕(あら)わした。そして村々を荒しまわったと。
 村や里の人達が困っているのを帝(みかど)が知ると、時の将軍・平維持(たいらのこれもち)に、鬼女になった紅葉を退治するように命じたと。
 戸隠へやってきた維持は、矢を射(い)り、槍で突いたが、紅葉にかすり傷ひとつ負わせることも出来なかった。


 紅葉がついに鬼神(きしん)となって空中に舞い、火を吹いて、いまにも維持に飛びかかろうとした。維持は、もはやこれまでかと思い、
 「なむ戸隠大権現(とがくしだいごんげん)」
と念じたと。そしたら戸隠の奥(おく)の院(いん)から目をおおうほどの光が放たれ、紅葉がドオーッと地に落ちたと。
 そこをすかさず刀を突き刺したら、紅葉は、
 「口惜しや」
と、一声残して死んだと。
 こんなことがあってから、紅葉がいた村を鬼が無い里と書いて「鬼無里(きなさ)」と、今でも呼んでいるんだと。

 おしまい。 

「鬼女紅葉」のみんなの声

〜あなたの感想をお寄せください〜

驚き

魔王から授かった美しい女をもらって嬉しいかったのに、鬼だったんだびっくり⁉️( 10歳未満 / 男性 )

悲しい

魔王が授けた美しい娘、両親の心持ちに寄っては素敵な人生を歩めたはずが、両親は無様に死に絶え自身は鬼神となり果ては殺されてしまうなんて悲しい話だと思いました。 悲しい話として残るのではなく「鬼無里」と言われてしまうなんて、死んだ後も報われない。( 10代 / 女性 )

驚き

最後、念仏を唱えて鬼女を倒すなんて、すごい。( 10歳未満 / 男性 )

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悲しい

紅葉さんが哀れに思われます。鬼女となり、鬼神にまで成り果てた心情を思いやると、その哀しみと怒りは如何ばかりと心が痛みます。( 60代 / 女性 )

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