Omosiroi( 10歳未満 )
― 新潟県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
昔、あったてんがな。
あるところに、父(とと)と嬶(かか)が暮らしてあった。
あるとき、父と嬶が諍(いさか)いして、父が嬶に、
「うるさい。お前のようなもん、出て行け」
と言うた。
「あら、よう言うた。お前(まい)さん、おら出て行ってもいいんだね」
「ああ、出て行け」
「本当に、いいんだね」
「とっとと出て行け」
「あっ、そう。なら出て行く。けど、里へ行くったって空手(からて)じゃあ行けんわぁ。ここの家を追ん出されたという縁切証文(えんきりしょうもん)、書いとくれ」
父、字を一丁字(いっちょうじ)も書けんかったと。
「おう、そんなもん、いくらでも書いてやらぁ」
「あら、お前さん、書いてやると言っても、字ィ識(し)らんじゃないの」
「字なんか識らんでも、そんなもん、わけない」
父、そう言うて、まあるい輪を四つ、紙に書いて嬶に渡した。
挿絵:福本隆男
「これ、何と読むん」
「今まで“わ“、夫婦だ“わ“、これから“わ“、他人だ“わ“」
嬶、それを持って里へ帰って行ったと。
父、せいせいして、その日は畑の石拾いのはかがいったと。
が、次の日になると、父、畑で、石をひとつ拾うては道の方を見、ひとつ拾うては溜息(ためいき)をついている。
挿絵:福本隆男
次の朝早くに、父、嬶の里へ嬶を迎えに行ったとや。
「かか、うちへ来いや」
「おら、やんだ。縁切証文もろうたし、うちへ戻らん」
「縁切証文?何て書いてある?」
「ほれ、今まで“わ“、夫婦だ“わ“、これから“わ“、他人だ“わ“、って書いてある」
「どれ、見せてみい。ありゃ、かか、間違(まちご)うとるぞ。これは、今まで“わ“、夫婦だ“わ“、これから“わ“、やっぱり夫婦だ“わ“、と読むんだ」
「ほんとうに、そう?」
「おう、そうだや」
嬶、父といっしょに、また、家へ戻って来たと。
いきがポーンとさけた。
Omosiroi( 10歳未満 )
心がとても動きました( 10歳未満 / 女性 )
物騒なタイトルのお話だと思いながら聞いていましたが、予想外の結末にほっこり心あたたまりました。( 20代 / 女性 )
むかしあったんですと。 火車猫(かしゃねこ)というのがあったんですと。 火車猫というのは猫が化けたものですが、なんでも、十三年以上生きた猫が火車猫になると、昔から言われています。
「縁切状」のみんなの声
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