― 新潟県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、あるところに、たいへん親思いの田之久という若者が、おっ母(か)さんと二人っきりで暮らしておったと。
田之久は、なかなか芝居がうまかったそうな。
田の仕事が済むと、あちらこちらの村々から頼まれては、芝居を見せて廻っていたと。
ある年の秋のこと。
田之久は、頼まれて、半日もかかる峠の向こうの村へ、芝居を見せに行ったと。
ちょうど芝居がひとくぎりついた夕方頃、一人の村人が言伝(ことづて)を持って来た。
「わしはこの村の者じゃが、用事でお前の村へ行ったら、言伝を頼まれた。お前のおっ母さんが急の病で倒れなさったそうじゃ」
おどろいた田之久が、急いで帰り支度を始めると、村人はあわてて引きとめた。
「なんと、これから帰りなさるか、止(よ)しなされ。気持は分かるが峠の夜道はやめた方がええ、あの峠には、昔から化け大蛇(だいじゃ)が棲んでいて、今までにも夜の峠越えした者が幾人(いくたり)も呑まれとる」
「そんでも、おっ母さんの容態が気になるすけ」
「そうかぁ、化け大蛇は変化(へんげ)するっちゅうぞ、くれぐれも気い付けぇよ」
「それじゃ」
田之久が峠越えしているうちに真夜中になってしまったと。
それでも気のせくままに急ぎ足していると、
「おおい、待て待て」
と、しわがれ声で呼び止める者がある。
提灯をかざして周囲(あたり)をうかがうと、今し方(がた)通り過ぎた大っきな木のそばに、白い髪の爺(じ)さが立っていたと。
「夜のこの峠を怖れもせず、すたすた歩くお前は何者じゃ」
夜目をすかして、よおく見たら、爺さの顔がヌメ―としているんだと。
『こりゃあ、あの化け大蛇が変化したもんかも知れんぞぉ。よくよく気を丈夫(じょうぶ)に持たにゃあ、へたぁすると呑まれちまう』
「俺らは、峠の向こうの田之久と言う者(もん)だ」
「何だ、人間かと思うたら狸か」
「そういうお前は誰だ」
「わしか、わしはこの山に棲む大蛇だ。お前が本当の狸なら、いろいろ化け方を知っとるだろ、ひとつ化けて見せろ」
田之久は、大蛇が狸と間違えてくれたのをさいわい、背負っていた荷物の中から、芝居に使うカツラやお面を取り出して、それをつけて化けて見せることにした。
「では、いいと言うまで、あっちを向いていれや」
田之久は、大急ぎでカツラと着物をつけて女になって見せた。
「う―ん。狸だけあって見事なもんだ。わしでもこうは化けられん。ところでなぁ狸、お前は世の中で何が一番嫌いだ」
「俺らは、小判が一番嫌いだ。大蛇どんは何が一番嫌いかの」
「わしは煙草のヤニが一番嫌いだ。だが、このこと人間には決して聞かすなよ」
「うん承知した」
「さあ、もういいから早う帰れ」
田之久は、大急ぎで峠を下って村へ帰り、おっ母さんの看病をしたと。それから村人みんなにこのことを話したと。
村人達は、村中で煙草のヤニを集めて、大蛇のいるところへ持って行って投げつけたと。
さすがの大蛇も、これには七転八倒。苦しみもがいて、息も絶え絶えになってようやく逃げたと。
「こりゃあ、あの狸奴(たぬきやつ)のせいに違いない。仕返しせずにおくものか」
と、怒りに怒って、田之久の家へやって来ると、高窓から大声で、
「こりゃあ、狸め、あんげに人間に聞かせんなと言ったのに、よくも聞かせたなぁ。もう勘弁ならん。それ!これでもくらえ」
こう言うと、小判のいっぱい入った箱を家の中に投げ込んで帰って行った。
田之久は、怖わがるどころか、してやったりと大いに喜こび、その小判でおっ母さんといつまでも安楽に暮らしたと。
いちがさかえもうした 鍋の下ガリガリ。
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