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しなののくにのかんなづき
『信濃の国の神無月』

― 長野県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 日本では十月のことを神無月(かんなづき)といいますが、出雲(いずも)の国(くに)だけは逆で神有月(かみありづき)といいますわねえ。
 これは毎年十月になると、国中(くにじゅう)の神様が出雲大社(いずもたいしゃ)へ集って、縁結びや国造りの相談をなさるからだといわれています。
 それで十月の出雲は神様だらけなので神有月。他はどの国も神様が出張中でいないので神無月。
 と、まあ、これはあなたも識(し)っていなさるわねぇ。では、これはどうかしら。信濃(しなの)の国には神無月はない、というのは?
 あ、そう。では、その話をしましょうか。

 
 ある年のこと。
 十月になって、いつもの通り諸国(しょこく)の神様たちが出雲の大社へお集りになったの。
 だけど、信濃の国の諏訪の龍神様(りゅうじんさま)の姿だけが見えない。そのうち来られるであろうって、よもやま話をしながら待っていたの。でも待てども待てども見えられん。待ちくたびれて、
 「信濃の龍神さまはどうした。病気にでもなったか、誰ぞ聞いてないか」
と、どこかの神様が尋ねたら、

 「なんだ、遅刻かと思っとったが違うのか」
 「諏訪どんは丈夫なお方だから病気の方が逃げて行こうさ」
 「それにしても、そろそろ会議を開かないと、今月中には審議しきれんのではないか」
 「そうだ、いつまでも待っておれんからな」
と、神様たちがざわめき出したそうです。


 すると、天井(てんじょう)からでかい声が降ってきた。
 「わしはここだ」
 神様たちは、いっせいに天井をふりあおいで真青になった。
 天井の梁(はり)という梁に龍が巻きついていて、ランランと目を光らせて下を見下ろしていた。真赤な舌を出し入れするたびに、シュッ、シュッとおそろしげな音もする。
 諸国の神様たちは、今にもその舌でからめとられるのではないかと、腰が引けたそうです。
 「近頃わしは勢(いきおい)がめっぽういいでな、体が大きくなりすぎて、もてあましぎみじゃ。わしの体は、この社(やしろ)を七巻き半しとるんじゃが尾はまんだ信濃の尾掛(おかけ)の松(まつ)にかかっとる。信濃の国は遠いで、こういう姿で空かけてきたんじゃが、尾が尾掛けの松にかかっとる間は姿を変えられんのじゃ。部屋に入って坐ろうかとも思うたが、神々方(かみがみがた)を驚かせても悪りいと思うて、天井にはりついとった。なんなら今からそこへ降りていこうかい」

 
 というなり、龍神様はおそろしげな姿のままシュッ、シュッと音をたてて天井から下りはじめましたのです。諸国の神様たちは龍神様の一たんあばれはじめたら手に負えないのを識っていなさるもので、青くなって、
 「いやいや、それにはおよばん。なるほど信濃は遠い国である。おまけに、そんなに体が大きくなっては動くのも大ごとであろう。これからは、どうかお国にいて下され。会議のもようや相談は、こちらから誰ぞ出向いて知らせに行く」
と、いいましたら、
 「そうか、それはありがたい」
と、みるみる黒雲に乗って信濃の国の諏訪湖へ帰って行かれたそうです。
 この翌年から、信濃の国には神無月というのはなくなったそうです。

 それっきり。

「信濃の国の神無月」のみんなの声

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