― 宮城県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭
昔、あるところに一人の男があった。
男は眼(め)の病気になったと。
痒(かゆ)くなり、痛(いた)くなり、かすんできて、だんだん見えなくなった。
眼医者(めいしゃ)へ行って、診(み)てもらったら、
「これは、眼ん玉はずして、よっく手入れをせなんだら、この先もたんな」
と言われた。
「眼ん玉をはずすだと、とんでもねえ」
男が怖気(おじけ)づいて眼をむいたら、すかさず眼医者が、男のおでこを小槌(こづち)でトンと叩(たた)いた。眼ん玉が飛び出たと。そこを匙(さじ)でくり抜(ぬ)いた。
「ほうら抜けた。お前はしばらくそこで寝とれ」
こう言うと眼医者は、塩水やら何たら薬やらで手入れして、眼ん玉を日向(ひなた)に干(ほ)したと。
ところが、干し過ぎて眼ん玉が縮(ちぢ)んで小さくなってしまった。
「ありゃ、こりゃ、いかんわい」
眼医者はその眼ん玉を、今度は水に浸(ひた)して置いたと。
ところが、浸し過ぎて眼ん玉がふやけて大きくなってしまった。
「ありゃ、こりゃ、いかんわい」
眼医者は、その眼ん玉を再度(ふたたび)日向に干したと。
ところが、犬が来て、その眼ん玉を食うてしまった。
「ありゃ、こりゃ、いかんわい」
困った眼医者は、
「この犬の眼ん玉くり抜いて、あの男に入れてやろ。なに、眼にはかわりない」
と言いながら、犬の眼を見たら、犬は怖気づいて眼をむいた。すかさず眼医者が、犬のおでこを小槌でトンと叩いた。眼ん玉が飛び出たと。そこを匙でくり抜いた。
その犬の眼ん玉を男に入れてやったと。
「どうじゃ、見えるか」
「へえ、おかげさんで足元(あしもと)がよおっく」
男は喜(よろこ)んで帰って行ったと。
ところが、それからというもの、男は糞(くそ)を見るとむしょうに食いたくなる。困って、また眼医者に行き、話をしたと。眼医者は、こりゃ、犬の眼のせいに違いない、と思うたが、
「なに、直(じき)に治(なお)る。理由(わけ)は分かってる」
と、男を安心させた。
早速(さっそく)男から眼ん玉をくり抜いて、手入れをし、また戻してやったと。
ところが、今度は裏返(うらがえ)しに入れてしまった。
男は、見えることは見えるのだが、何が見えているのか、よく判(わか)らん。不思議に思うていたら、どうやらおのが身体(からだ)の中が見えているらしいと気がついた。
さあ、そうなると面白(おもしろ)くてならん。身体の隅(すみ)から隅までたどって観(み)たと。
身体の仕組(しく)みやら加減(かげん)やら、様々(さまざま)理解(わか)るようになった男は、病気ひとつしなくなって、とうとう五臓六腑(ごぞうろっぷ)を扱(あつか)う評判(ひょうばん)の医者殿になったと。
どんびすかんこねっけど。
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昔、駿河(するが)の国、今の静岡県の安倍というところに、亭主(ていしゅ)に死なれた母親と二才の赤ん坊がおったそうな。母親は、毎日赤ん坊をおぶってはよそのお茶摘みを手伝って、やっと暮らしておったと。
「犬の眼」のみんなの声
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