へびむこいり
『蛇聟入』
― 高知県土佐郡 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、あるところに一人の器量(きりょう)よしの娘がおったと。
ある晩、娘の部屋で笑い声がするので、母親がそおっとのぞいてみると、娘は、けしきのいい若い男と何らや話をしては忍び笑いをしている。
母親は、その男のけしきがあんまりいいので、はじめのうちは喜んでおったと。
ところが、その男が雨の夜も、風の夜も、毎夜毎晩かかさずやって来るので、これはただの男ではあるまい、と怪訝(けげん)に思ったそうな。そこで娘にたずねたと。
「お前のところへ、毎夜毎晩訪ねてくる男がいるようだが、いったい、どこの誰なのかい」
「男なんか、来ん」
「隠すことなんかないよ。おっ母さんは、あのお人が来るところも帰るところも見ているのだから。身元(みもと)が確かなお人ならおまえの聟(むこ)どのにしてもいいと思っているのだよ」
「本当に?! …でも…どこのだれだかよく知らん」
「夜毎通(よごとかよ)うて来て、どこの誰かも明(あ)かしてはおくれでないかい」
「うん」
「そうかえ。嵐の晩もおじずにやって来るし、身分も明かさないなんて、おかしいねぇ。もしかしたら魔性(ましょう)のものかも知れん。こんど来たら、男の着物の裾(すそ)へ糸をつけた縫(ぬ)い針(ばり)を刺して帰すといいよ」
娘が母親に言われた通り、枕元に縫い針を隠して待っていたら、その夜も、すっかり更(ふ)けてから男は訪ねて来たそうな。
娘はいつものように笑顔で迎えて、大事にしたと。
帰りしなに、男の着物の裾に糸をつけた縫い針を刺した。そしたら男は、
「ウ-ッ」
と、うめき声を吐いて
「いたい、いたい」
と叫びながら家を飛び出て行った。その後ろ姿が、だんだん蛇(へび)の身体(からだ)に変わっていくんだと。そして、そのあとを糸がうねうね、うねうね延(の)びて行ったと。
娘と母親は、やっぱり魔性のものだったとふるえあがったと。
次の朝、母親が糸をたどって行ったら、大きな淵(ふち)に洞穴(ほらあな)があって、糸はその中へ消えている。そおっと様子をうかがったら、洞穴の中から話し声がしたと。聴(き)き耳を立てて聞いてみると、
「ほれみなさい、あんな人間なんかに構(かま)うでないと言っておいたのに、馬鹿(ばか)だよお前は。身体に鉄針(てつばり)を立てられたからには、お前はもう生きてはおられん。かわいそうじゃが仕方ない。何ぞ言い残すことはないか」
と、蛇の母親が倅(せがれ)の蛇に言い聞かせているところであった。
「おれは死んでも、あの娘に子供を授けて来た。それが仇(かたき)をとってくれるだろう」
「そんな安気(あんき)を言ってからに、だからお前は馬鹿だと言うんだよ。娘の腹(はら)に子を授けてきたって、そんなもの、三月の節供(せっく)の桃酒と、五月の節供の菖蒲(しょうぶ)酒と、九月の節供の菊酒を飲まれたら、腹の子なんかどもならん。人間はかしこいから、すぐに悟(さと)るにきまっとる」
これを聞いた娘の母親はいそいで家に戻って、三月の節供の桃酒と、五月の節供の菖蒲酒と、九月の節供の菊酒を娘に飲ませて、腹の中の蛇の子をとかしたそうな。
こんなことがあるから、女はどうしても、三月と五月と九月の節供の酒は、飲まなくてはいけないのだと。
むかしまっこう猿(さる)まっこう。
「蛇聟入」のみんなの声
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