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ごくらくをみたというはなし
『極楽を見たという話』

― 岩手県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭

 昔あるところに信心(しんじん)深い婆(ば)さまが良くない息子夫婦と暮らしてあったと。
 婆さまが齢(とし)とって働くことが出来なくなったれば、息子夫婦は婆さまを邪魔者(じゃまもの)扱いして苦言(にがごと)ばかり言うようになったと。
 あるとき、息子夫婦はひそひそと何事か相談していたが、嫁がいつにない猫なで声で、
 「婆さまし、婆さまし、極楽(ごくらく)見せてあげるはで、みんなで観に行こ」
と言うて、婆さまを下(さ)げモッコに乗せ、息子と嫁の二人して担(かつ)いで奥山(おくやま)さ行ったと。 

 
 崖の上さ来ると、嫁が、
 「婆さまし、極楽が見えんべ」
と言った。
 婆さまは、なんぼ眺(なが)めても極楽など見えないもんだから、
 「さっぱり見えないじぇ。ずっと下(しも)に川音(かわおと)が聞こえるばかりだじぇ」
と言うと、嫁が下を指差して、
 「ほれ、あそこ、もっと下、もっと下を覗(のぞ)いて見てござい」
と言った。婆さま、
 「どこじぇ」
 って、前屈(まえかが)みで下を覗いたら、その背中を息子がドンと突(つ)いた。婆さまは崖下(がけした)へ落ちて行ったと。息子と嫁は、
 「やれ、こんでさっぱりした」
と言うて、家さ帰って行ったと。 

 
 突き落とされた婆さまは、崖の途中(とちゅう)に生(お)がっていた木に、うまいことひっかかった。藤蔓(ふじづる)さつたって、ようよう這(は)いあがったと。 
 あがってはみたものの、今更(いまさら)帰る家もないし、日も暮れてくるし、その晩は山にあったお堂に入って泊ったと。

 眠っていたら、真夜中ごろになって外が賑(にぎ)やかで目が覚(さ)めた。何だべ、と婆さまが戸板をこそっと開けて外を見たら、お堂の前で天狗(てんぐ)さまたちが寄り集まって博奕(ばくち)をやっていた。
 「ははぁん。話に聞いたことある“天狗さまの博奕”というのはこのことだな」
と思って、なおも身を乗り出して見ていたら、戸板がはずれて、ドタン、バタンとえらい音をたててお堂から転げ落ちた。
 そしたら、びっくりした天狗さまたちは銭(ぜに)をその場に置いたままにして、逃げてしまったと。
 婆さまは、その銭を拾い集めて家に帰ったと。 

 
極楽を見たという話挿絵:福本隆男
 
 婆さまを見て、「あわわ」と驚いて後退(あとずさ)りしている息子と嫁に、何喰わぬ顔をして、
 「いやぁ、極楽ってとこはええとこだなぁ。うんとご馳走(ちそう)食わせてもらって、その上、こったに銭コ貰(もろ)うてきた」
と言った。


 それを聞いた息子と嫁は、
 「そ、そうか、ご、極楽さ行けたのか」
 「んだ。崖から落ちると行けるみたいだ」
 「そら、いいことを聞いた。おらだちも行って、銭コ貰うてくるべや」
と言うて、そそくさと奥山さ行って、崖の上から飛び降りたと。
 良くない息子と嫁は、それっきり帰って来なかったと。

 どんとはらい。

「極楽を見たという話」のみんなの声

〜あなたの感想をお寄せください〜

楽しい

いい気味じゃ。今迄育ててくれた恩を忘れやがって

楽しい

昨日、遠野の語り部さんが語っているのを聞きました。語り部バージョンでは天狗ではなくて盗賊でしたが、いろいろなバージョンがあるんでしょうね( 40代 / 男性 )

驚き

最初は姥捨て山かと思ったけど、崖を覗いた婆さまが息子に背中を押されて、殺人事件かと思ったけど、信心深さのためか助かって、反対に息子夫婦が崖から飛び降りて亡くなったとは因果のめぐりだね。( 40代 / 女性 )

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悲しい

嫁と姑の不仲問題として、息子は少しは婆さんの味方になってほしかった。( 60代 / 女性 )

驚き

血が途絶えましたけど、いいんすか?これで…( 40代 / 男性 )

感動

婆さまが生きててよかった!( 10歳未満 / 男性 )

悲しい

息子達可哀想!( 10代 / 女性 )

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