― 岩手県 ―
語り 井上 瑤
再話 平野 直
整理・加筆 六渡 邦昭
むかし、あるところに正直な若者がいてあったど。
あるとき、若者が田打ちをしていると、天から一羽の鶴(つる)がヒラヒラと下りて来たど。
どこか傷手(いたで)ば負うているらしく、飛んではよろめき、よろめいては飛んで、若者の足元まで来ると、ハタラハタラたおれたど。
よくよくみるど、羽さ一本の矢がささっていて、飛ぶにも飛べないことが分かったど。
挿絵:福本隆男
若者は、その矢を抜いてやり、傷口洗ってやると、鶴はやっとのことで生気(せいき)ば吹きかえして、さも嬉しそうに羽鳴りばたてたど。
鶴は三度ばりぐるぐるど若者の頭の上ば飛んで、一声残して空さ消えてしまったど。
若者が一日いっぱい田打ちばして、星のペカペカする頃田から上がって行くと、家の門口(かどぐち)に知らない美しい姉(あね)さまが立っていて、
「お帰んなんす」
と迎えてくれたど。
はて、これは我家(わがや)を間違えたかなと、どでしていると、姉さまは
「ここは、あなたさまのお家でがんす。そして私は、あなたさまの嫁ゴでがんす」
といったど。
この日からこの不思議な姉さまは、この家(や)に居つくようになったど。
日が過ぎ、月が過ぎているうちに、この女房(かが)が、あるどき夫(とど)さまにいうには、
「夫さまなし、私に心願いがあるのでがんすが、なんと機場(はたば)ひとつ建てて下さるように」
とのことであった。
それもそうだ、なんぼ貧乏(びんぼう)たれだからといって、機場一つ無いようでは、女房も世間さ肩身(かたみ)が狭(せ)まかべと思って、無いなかから工面(くめん)ばして、機場建ててやったど。
女房は喜んで、その日から機場さ入ったが、
「七日の間(あいだ)、必ず見て下さるな」
と、固く夫さまにいい含めだ。
その七日というものは、荿(おさ)の音が、キッコパタン、キッコパタンと、いつも鳴り続けていたが、若者は女房さまのいうとおり、機場を見もしなかったど。
さてその七日も過ぎると、女房は機場から下りてきて、
「夫さまし、まづ一反(いったん)織り上げましたから、明日はこれを町さ持ってって、売って来て呉(く)ない。百両位には売れるど思いますから」
と。見たことも聞いたこともない織物ば前に出した。
「こ、これが百両になるてが」
と若者はどでしたども、次の日、町へ行って売ってみると、女房の言うとおり、百両で手もなく(手間いらず)で売れたど。
目ば丸くして戻ってくるど、また女房は、次の機ば織っているとみえて、キッコパタン、キッコパタンど音していだど。
若者は、糸も何も無ぐて、なじょにしてあの織物ば織るのだべ、と見たくて見たくてならなかったど。
それで、見るなど固くいわれていたことも忘れて、こそっと機場ば覗いてしまった。
そしたら、なんと、そこにいるのは女房ではなくで、一羽の鶴が梭(ひ)をかけ荿をかけ、白い羽毛(はねげ)ば抜いで、それで機ば織っていたど。
さては俺の女房は、とどでしたのも後の祭りで、荿の音がしなくなったと思うと、ひょたひょたになった鶴がそこさ現れ、
「夫さまし、悲しいことだが、この浅間しい姿をみられた上は、ここさ留まってるごどは出来ません。
実は私はあなたさまに救けていただいた鶴でがんしたが、ご恩報じと思って、今の今まで人の姿に化身してあなださまにお仕えで来もしだ。この織りかけの機ば、私と思って、大切にして下され」
といい残すと、残った風切り羽(ば)で、遙(はる)か空のかなたへ飛んで行ってしまったど。
どんとはれ。
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むがし、あるところにひとりの若者があって、長いこと雄猫(おすねこ)を飼(か)っていたと。 そうしたところが、この猫がいつもいつも夜遊びをするので、あるとき、若者は猫のあとをつけてみたと。
昔、日向の国、今の宮崎県西都市に正右衛門という狩人があったげな。正右衛門は猪撃ちの狩人でな、山に入ると猪の気配を感じるじゃろか、犬の放しどころに無駄がなかったちいうぞ。
「鶴女房」のみんなの声
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