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てんにんにょうぼう
『天人女房』

― 岩手県和賀郡 ―
語り 井上 瑤
再話 平野 直
整理 六渡 邦昭

 むかし、あるところに長兵衛という千刈百姓(せんかりひゃくしょう)がおったと。
 長兵衛は芥子(けし)を作るのが上手で、前の千刈畑はみんな芥子ばかりであったと。わけても花の盛りは見事なもので、花畑には霞(かすみ)が棚引(たなび)き、天人も舞い遊ぶかと思われるほどだと。
 あるとき、長兵衛が花畑を見廻りしていると、空から美しい音色がきこえてきて、せんじゃこうのほのぼのとした匂いがして、綾衣(あやぎぬ )をなびかせた天人が、舞い下りて来た。
 あれあれと見ているうちに、天人は綾衣を花にかけて、うつらうつらと眠ってしまった。
 長兵衛は、横からみても縦から見ても美しい天人に、すっかり魂を飛ばせて、何とかしてこの天人を女房にしたいものだと思った。

 
iwate_014_img_01挿絵:福本隆男
 
 そこで、そろっと行って、天人の綾衣を花の中へ隠し、そしらぬ振りをしていたと。
 夕方になって天人はようやく目を覚(さ)ました。天に帰ろうとすると、綾衣がない。
 千刈畑の中を、あれやこれやと探し廻ったが、どれが花やら綾衣やら、探しあてることが出来なかったと。

 
 長兵衛はそれを見ると、得たりとばかり、
 「姉(あね)さま、何探してるな」
と、とぼけて聞いた。
 天人は、綾衣がなくては天へ帰られない、と嘆いた。
 「ははあ、それならさっき風が吹いて、花の中を、あっちにヒラヒラ、こっちにヒラヒラ飛んでいたが、はて、どこへ行ったか。千刈の芥子畑だ、とても探しようがない。花が散って、芥子坊主になるまで待たにゃぁ判らん」
というた。そればかりか、
 「天に帰れないのなら、まずまず俺のところにござれ」
と、天人を自分の家へ連れて帰り、この家の人としたと。

 さて、芥子の花が散る頃になると、天人は約束の綾衣を探してと頼んだと。
 長兵衛は、天人を何としても離したくない。
 「いやいや、花は散ったけれども、まだ葉が青々しているから」
と、探さなかったと。


 その葉も落ちる頃になると、また、日に夜にかけて口説(くど)かれるので、長兵衛は仕方なくそれでは、と芥子畑へ行ってみた。
 そしたら、隠しておいた綾衣は、雨風にさらされて着られるものじゃない。
 それを知った天人は、泣いて泣いて、泣き暮れる毎日だ。長兵衛は可愛そうになって、
 「実は、お前を女房にしたくて俺が綾衣を隠したんだ。償(つぐな)いに、望むことがあったら、なんでもしてやる」
というたと。そしたら、天人は、
 「それでは、蓮田(はすだ)へ行って、蓮の花の茎(くき)を千本とってきて下さい。私はそれで糸を紡(つむ)ぐから」
と頼んだと。
 長兵衛は、あちこちと駈(か)けめぐって、それを集めたと。
 天人は、その花茎千本で、目に見えないほどの蓮の糸を紡ぎ、機(はた)にかけて、目も覚(さ)めるような綾衣を織り上げたと。
 その織りあげた日から、三七、二十一日目に、玉のような男の子を生んだ。


 そしたらある日、
 「お名残(なご)り惜しいことですが、もはや私の天の下での命がつきる日が来ました。この子は乳がなくても育つ天人子(てんにんこ)ですが、もしもむづかるときがあったら、芥子畑へ連れて来て、芥子の花びらに乗っている朝露夕露を吸わせて下さい」
と、かなしそうにいうたと。
 そして、綾衣を身につけて、フワフワと空高く舞い上(あが)って、天へ帰ってしまったと。
 その後、長兵衛は天人が恋しくなると、その子を抱いて芥子畑に立っておったが、そのたびに空から美しい音色(ねいろ)が響いてきて、天人の、長兵衛よぶ子よぶ声が聞こえたそうな。

 どんとはれぇ。

「天人女房」のみんなの声

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