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ねこだんか
『猫檀家』

― 岩手県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、あるところに貧しい山寺があって齢(とし)をとった和尚(おしょう)さんがすんでおったそうな。
 和尚さんは年老いた虎猫を飼って子供のように可愛がっておった。
 ある日のこと、和尚さんが炉端(ろばた)で居眠りをしていたら、虎猫が、
 「和尚さま、和尚さま、お前さまも大分齢をとったで、世間では相手にしなくなって来たな。おらも随分長いことお世話になって、もう化けるような齢になってしまった。したども、何とかその恩返しをしたいと思って」
という。
 和尚さんは、猫が口をきいたので、びっくりしていると、つづけて、
 


 「和尚さま、おらはこのごろ、この寺をもういっぺん繁昌(はんじょう)させて、和尚さまに楽させたいと思うだ。おらにいい思案(しあん)がある。近いうちに長者どんの一人娘が死ぬけど、その葬式(そうしき)の時に、おらが娘の棺桶(かんおけ)を空に浮かすから、和尚さまがお経を読んでけろや。そのお経の中に『南無(なむ)トラヤヤ、トラヤヤ』と声を掛けたら、おらがその棺桶を下へおろすべ。そしたら、そののち、きっといいことがある」
と、言ったそうな。

 間もなく、猫の言葉通りに長者どんの一人娘が病気で死んだと。
 葬式は、あちらこちらの寺の和尚さん達を招(まね)いて、ごうせいなものだと。
 ところが、この山寺の和尚さんだけは招かれなかったと。


 葬式が、いよいよ野辺送(のべおく)りというときになって、どうしたことか、棺桶がしずしずと空へ上がっていって、高い高い中空に浮いてしまった。
 あまりの不思議さに、人々は驚いて、
 「あれれ、あれれ」
というばかりだと。長者どんは、
 「あの棺桶を下ろしてけろ。その者には死ぬまで年貢米(ねんぐまい)もやる。お寺の普請(ふしん)もする。望みによっては、門も鐘撞堂(かねつきどう)も、何でも寄進(きしん)してやる」
と叫んだと。 

 
猫檀家挿絵:福本隆男
 
 そしたら、多勢(おおぜい)の和尚さんたちは、一層声高(こわだか)に、空を仰(あお)いでお経をよみはじめた。
 しかし、やっぱり棺桶は空に浮かんだまんまだと。


 いよいよ困り果てた長者どんは、
 「こりゃ、何としたもんだべ。誰か他に和尚さんは、残っとらんか」
と聞くと、村の衆は、
 「へえ、あとは、あの山寺の和尚さんがひとりだけ残っているだけでござんす。しかし、連れて来ても役には立ちますめえ」
と、いった。
 「いやいや、ともかく、その和尚さんを早うお連れしろや」
 村の衆が迎えに行くと、山寺の和尚さんは破れた法衣(ほうい)を着て、杖をついて、のんびりのんびりやって来たと。
 そして、空を仰ぎ見ながら、ゆっくりとお経を読みはじめた。いいかげんのところで、
 「南無トラヤヤ、トラヤヤ」
と、猫に教(おそ)わった文句を誦(よ)みこんだ。


 すると、今まで中空に浮いていた棺桶が、そろり、そろり降り始め、やがて下に着いたと。
 (そしたら、長者どんも、村の衆も、みんな山寺の和尚さんの足下(あしもと)にひれ伏して拝(おが)み、口ぐちにほめたたえたと。)
 他の多勢の和尚さんたちは、すっかり面目(めんもく)を失って、コソコソと逃げるようにして帰って行った。
 それからのちは、貧しかった山寺はたちまち建て直されて、山門(さんもん)も鐘撞堂も作られて、見違えるような立派なお寺になったと。
 和尚さんは、まるで生き仏(いきぼとけ)のように崇(あが)められて、余生(よせい)を安楽に暮らしたそうな。

 いんつこ もんつこ さかえた。

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