― 石川県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
昔、あったそうじゃ。
谷峠(たにとうげ)に人をとって食ってしまう、大変に恐(こわ)い猫又(ねこまた)が棲(す)んでいたと。
強い侍(さむらい)が幾人(いくにん)も来て、弓矢を射(い)かけるのだが、どれもチンチンはねて、当てることが出来なかった。どんなことをしても捕(とら)えることが出来ず、反対にとって食われてしまうありさまだったと。
その頃、谷峠の少し下(くだ)ったところに小屋場(こやば)があって、ひとりの婆さが小屋に住まっていたと。
あるとき、ひとりの侍が、この猫又を退治(たいじ)しようと思い立って、婆さの小屋まで登って来たと。侍が汗(あせ)をふきふき立ち寄ると、婆さは、ことこととお茶を沸(わ)かしていた。婆さ、侍に、
「どこへ行かっしゃる」
と聞いた。侍は、
「とても恐い猫又が、この峠に棲むと聞いた。それを捕えてやろうと思うてな、来た」
と言うた。婆さは、
「そうか、よう来たの。じゃが、お侍さまの手に負(お)えるかな。あの猫又ァ、どんな事ァあっても捕(と)れんと思うがのう」
「ときに、お前さま、矢を何本持ってござる」
と聞いた。侍は、
「この婆さ、どうも様子が妙(みょう)だ。それに何で矢の数気にする」
と、奇態(きたい)に思うて、十二本持っていたのを、
「十本持っている」
と嘘(うそ)を言うたと。それを聞いた婆さ、ニィッと笑(わろ)うて、
「そりゃとても捕れんじゃ。思いなおしてここから戻らっしゃい」
と言うた。
「どうでも行く」
と侍が言うと、
「そうか、そんなら茶ァでも飲んで行きなされ」
と言うて、お茶を出してくれた。
侍は用心(ようじん)して歯ほじりの木の枝(えだ)をお茶にちょいとつけたら、枝がポーと燃(も)えた。飲めばころっと死ぬところだったと。侍は飲むふりをして、そっと捨(す)てたと。
「婆さ、じゃましたな」
と声をかけて峠を登って、日の暮れるのを待っていたら、来た。
下から婆さが、どーと登って来て、その勢いで杉の木の枝にジンと止まったら猫又になった。眼が鏡のようにひかっている。おっそろしげだと。
「やっぱりそうだったか」
侍は一の矢を放(はな)った。当たった、と思ったらチリンと鳴(な)ってはね返った。猫又は、
「一本とった」
と言うた。
「うむっ」
と、二の矢を射ったら、また、チリンと鳴ってはね返った。
「二本とった」
侍は次々と矢を射った。
猫又は、
「十本とった。ヒヒヒ、もうなかろ」
と言うたと。猫又は、谷に据(す)えつけてある半鐘(はんしょう)をかぶっていたのだと。侍が十本射ったので安心して半鐘をぬいで、さあ侍に唸(うな)りつこうとした。
そのとき、侍は毒(どく)を塗(ぬ)った二本の矢をヒョッ、ヒョッと放った。腰(こし)に当たって、
「ギャーッ」
と叫(さけ)んで猫又は樹(き)から落ちたと。落ちるなり唸ってどこかへ消えたと。
侍は夜が明けるのを待って、婆さの小屋へ下りて行ったと。
「婆さいたか」
と、声をかけると、内から婆さ、弱々しい声で、
「昨夜(よんべ)から病(や)みだして、命が危(あぶ)ない。逢(あ)うどころじゃない」
と言う。
侍は、
「どうでも逢うぞ」
と言うて、寝床(ねどこ)へ無理に入って行った。そして、婆さの着物をひきむいて見たら、腰に毒矢で射られたあとがあった。
婆さ間なしに死んだと。寝床から婆さを蹴(け)出したら、猫又に変わったと。
寝床の下をまくったら、床下(ゆかした)に人間の骨(ほね)があった。
この猫又、十三年前ここの婆さを食うて、なりすましていたのだと。
それきりちょ。
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むかし、あるところに富山(とやま)の薬屋があった。 富山の薬屋は全国各地に出かけて行って、家々に置き薬していた。一年に一回か二回やって来て、使った薬の分だけ代金を受け取り、必要(いり)そうな薬を箱に入れておく。家の子供(こども)は富山の薬屋がくれる紙風船を楽しみにしたもんだ。
「谷峠の猫又」のみんなの声
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