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うまれるまえのしゃっきん
『生まれる前の借金』

― 兵庫県 ―
語り 井上 瑤
再話 大島 廣志
整理・加筆 六渡 邦昭

 とんと昔、あるところに仲むつまじい百姓(ひゃくしょう)の夫婦(ふうふ)がおったと。
 夫婦となって十年も経(た)つのに、いっこうに子供に恵(めぐ)まれなかったと。
 二人は、あっちの神さま、こっちの仏さまにお参(まい)りしては、
 「どうか、子供を授(さず)けてくだされ」
と、願(がん)を掛(か)けて歩いたと。

 しばらくすると、願(ねが)いが通じたのか、妻(つま)は身ごもり月みちて男の子を産(う)んだと。二人は子供を、まるで宝物を扱(あつか)うように大事に大事に育てていたと。
 

 
 ところがこの子、三歳(さい)になっても、五歳になっても、足が立たない。
 二人は、あっちにいい医者がいると聞けば連れていって診(み)てもらい、こっちにいい薬があると教えられれば無理をしてでも買い求めて飲ませ、いろいろ手をつくしてもみたけど、どうしても子供の足は立たなかったと。

 こうしていつしか子供の歳(とし)は二十一となった。あるとき、二人は
 「この子もやがては嫁(よめ)をめとらねばならぬというのに、足がこうではのう」
 「ほんに、ふびんなことです」
と話し合うたと。
 そしたら、それを聞いていた息子(むすこ)は、
 「実はお願いがあります。それを聞き届(とど)けていただければ、すぐ、この場で立ち上がってみせましょう」
というた。父親はおどろくやら、喜ぶやら、
 「お前が両足でたつことができるならば、たとえこの身がどうなろうとも望(のぞ)みを叶(かな)えてやる。さあ、その願いを言ってみなさい」
というた。

 
 「では申し上げます。米一俵(こめいっぴょう)と、お金十両を下さい。お米とお金を力にして立ち上がってみせます」
 「そんなことでよいのか」
 「はい」

  父親は、さっそく、長い間かかって貯(た)めた十両と米一俵を、息子の前に置(お)いたと。
 すると、息子は、すっくと立ち上がり、米一俵をひょいと担(かつ)ぎあげ、十両をわしづかみにして、家の外へ走り出た。
 二人はおどろいたのなんの、なにせ二十一歳までたつことの出来なかった息子が、突然(とつぜん)立ちあがって走ったのだから、たまげた。
 「もうよいから、早く戻(もど)ってこーい」
と叫(さけ)んだが、息子は裏(うら)の山をめざして、とっとと走って行く。父親も後(あと)からかけ、ようやく追いついて、
 「なぜ戻って来ん。どうしたことだ」
と問いつめたと。

 
 そしたら息子は、急に、人間の二倍もあろうかという程(ほど)の身の丈(たけ)の鬼(おに)となったと。そして、
 「わしを子供と思ってこれまで育てたのはおろかなことじゃったわい。わしはお前の家に、まだお前が生まれてくる前に米と金を貸したけれど、返してくれなかった。わしは、それを取り返すためにお前の子供となって生まれて来たんじゃ。二十一歳までお前の家で物を食い、最後に米一俵と金子(きんす)十両をもらったわい。これで、やっと元を取り戻したという訳(わけ)だ。さあ、お前は早く帰れ」
 こう言うと、鬼となった息子は山奥(やまおく)に姿(すがた)を消したと。

 
いいちこ たあちこ。

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