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たくしーにのったおんな
『タクシーに乗った女』

― 北海道・札幌 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 これは、本当にあったお話。
 ある暑い夏の夜のこと、一台のタクシ―が、国立(こくりつ)中央病院の前で、若い女の客を乗せた。
 運転手が、
 「どちらまで行きますか」
とたずねると、花柄のワンピ―スを着たその女は、小さな声で、
 「吉田町(よしだちょう)」
といった。
 暫(しば)らくして、運転手は、
 「今日は、むし暑いですね」
と話かけたが、女は何も答えない。
 『妙(みょう)な客だなぁ』
と思いながら、バックミラ―をのぞくと、女の顔が血の気を失なったように青白く映っている。

 
タクシーに乗った女挿絵:福本隆男

 「お客さん、気分でも悪いんですか」 と、問いかけると、女は、
 「いいえ」
と言ったきり、後は何も言わない。運転手は薄気味悪くなって、その後黙(あとだま)って車を走らせた。ようやく、吉田町に入った。

 
 「そこで停めてください」
 運転手は車を停めた。
 「すみません。お金が無いので、ちょっとここで待っていてください」
 女は、車からおりると、すぐ前の家に入って行った。
 運転手は一服して待っていたが、なかなか女は戻って来ない。五分たっても女は来ない。
 運転手は、女の入った家に行ってみた。
 「今晩は・・・」
 中から、五十過ぎの女性が出て来た。
 「なんでしょうか」
 「はぁ、少し前にお宅に入った女の人を呼んでもらえますか。実は、タクシ―料金を未だ頂いていないのです」
 その女性は、けげんそうな顔をして、
 「どんな人ですか」
と、いぶかった。
 「若い、二十(はたち)くらいのひとで、花柄のワンピ―スを着ていました」

 
 運転手が説明すると
 「えっ!!」
と驚きの声をあげ、
 「ちょっと、こちらへ来てくれますか」
と、座敷へ案内した。
 今度は、運転手が魂消た。座敷には祭壇が飾られ、黒ワクの写真には、花柄の洋服を着た若い女性が、にっこりと微笑んでいる。
 「こ、この人です。病院から乗せて来たのは」
 「そうですか、これは私の娘です。昼間、中央病院で息を引きとりました。今夜はお通夜(つや)なのです。きっと、娘の魂が家に帰りたくて、タクシ―に乗せていただいたのでしょう」
 母親は涙ながらにこう言った。

 これは、本当にあった話だよ。

「タクシーに乗った女」のみんなの声

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