― 愛媛県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
狸(たぬき)のなかに「そばくい狸」というのがあるそうな。この狸はそばの実が黒く色づく頃になると、そば畑へ転がりこんで、体中にそばの実をつけ、穴(あな)へ帰ってから実をふるい落としてポリポリ食うという。
松山(まつやま)の六角堂(ろっかくどう)の狸はそばくい狸だったのか、ようわからんが、これは狸がそばを食べに出た話ぞな。
大正(たいしょう)の末ごろ、松山に夜な夜な、屋台(やたい)の車をひいて夜啼(よな)きそばを売って歩く渡部(わたなべ)さんという人がおった。
ある年の春もまだあさいころ、ひとりのみすぼらしい爺(じい)さんが屋台ののれんをくぐって入ってきたげな。そして、
「おっさん、そばを一杯(いっぱい)、ぬるうにしてんか」
と注文した。渡部のおっさんは、
<おかしな人じゃ、熱うにしてくれとはよくいわれるが、ぬるうにしてくれとは珍(めずら)しいことだ>
と思ったが、はいはい、というて、ぬるいそばをわたしたそうな。
すると、次の晩(ばん)もまた、六角堂のあたりまでくると爺さんがやってきて、
「おっさん、そばを一杯、ぬるうにしてんか」
と、同じようにいう。おまけに食べ方がおかしい。どんぶり持って、むこうむきにしゃがんで、ピチャピチャと食いよる。
こんなことが続いたが、どうもその爺さんが来た晩にかぎって、勘定(かんじょう)が合わない。ときには財布(さいふ)の中に、柴(しば)の葉っぱがまぎれこんでいるときもある。これは怪(あや)しいと渡部のおっさんは思うたな。
ようし、正体(しょうたい)見とどけてやる、とばかり待ちかまえていると、またやって来た。
「ぬるうにしてんか」
それ来たとばかり渡部のおっさんは、そばの棒(ぼう)をとりあげてなぐりつけた。すると爺さんは、ぐうっ、といったかと思うと、黒いまるいかたまりになって、逃げて行ってしもうたげな。
それからしばらくは何のこともなかったが、今度は近くの薬屋(くすりや)へ、毎晩(まいばん)のようにおかしな爺さんが膏薬(こうやく)を買いにくる。すると、その日にかぎって勘定があわんという噂(うわさ)がたった。
そんなこんなの噂がにぎやかなある朝、六角堂の和尚さんが、庫裡(くり)の下からうんうんいう声がするので、はてなと覗(のぞ)いてみて驚(おどろ)いた。毛の抜(ぬ)けた古狸(ふるだぬき)がうなっている。渡部のおっさんにたたかれた狸が、膏薬を買ってはりかえているうちに、毛が抜けてきたというわけだった。
六角堂の狸の話じゃ。
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むかし、むかし、あるところにお爺(じい)さんとお婆(ばあ)さんと、息子夫婦(むすこふうふ)と孫(まご)達がいだど。今日は、お爺さんが孫達と留守番(るすばん)をしていだど。
「六角堂の狸」のみんなの声
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