― 青森県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、あるところに大分限者(おおぶげんしゃ)があった。
大分限者には息子が一人あって、三国一景色(さんごくいちけしき)のいい男であったと。年頃(としごろ)ともなると、あっちこっちから、どこそこの娘(むすめ)を嫁(よめ)に、という話が持ち込まれる。が、息子はのほほーんとして、ちいっともその気がないのだと。
分限者夫婦(ぶげんしゃふうふ)は、少しは世間を知っておいた方がいいだろうと話しあい、家の番頭二人をつけて、息子を江戸見物に出したと。
江戸はさすがに将軍様(しょうぐんさま)のお膝元(ひざもと)だけに、大層(たいそう)な賑(にぎ)やかさ。息子より二人の番頭の方が大喜び。あそこがいい、ここがいいと見物して歩き廻(まわ)っていたら、息子は厠(かわや)に行きたくなった。
番頭たちは厠を貸(か)してくれそうな家を探(さが)したが、表通りは立派(りっぱ)な家ばかりで気が引け、裏通(うらどお)りへまわって、ある家で厠を借りてやった。
家こそ粗末(そまつ)なつくりだったが、出てきた娘の美しいこと、息子には、竜宮の乙姫(おとひめ)か、舞(ま)いおりた天女(てんにょ)かと思えるほどであった。
挿絵:福本隆男
一目見たとたんに足元がフワフワして、あとで宿に戻(もど)ってからも、あのとき、はたして厠で用をたしたものやら、たさなかったものやら、さっぱり覚えていないのだと。
息子は番頭たちに、
「もうどこも見たくない。早く家へ帰ろう」
といい出した。
番頭たちにしてみればとんでもない。分限者の大旦那(おおだんな)さまからは、半年や一年は世間勉強をしっかりさせてこい、と言われてきているのに、江戸へ着いてから数日しか経(た)っていない。いろいろ、あの手この手でなだめすかしたが、息子は、
「お前たちがかわりに世間を良く見てくればいい。俺(おれ)ァ一人で帰る」
というて、今にも宿を出そうな気配だ。
番頭たちは仕方なく、息子のお供(とも)をして国に帰って来たと。
分限者夫婦は、息子たちが急に戻って来たのでびっくり。おまけに、家に帰り着いたら息子は布団(ふとん)を被(かぶ)って寝(ね)てしまったのでおろおろするばかりだ。あの医者、この医者と見てもらったが分からない。
江戸へ供した番頭二人に聞いてみると、なんと、江戸で厠を借りた家の娘を思い続けているらしいことが知れた。
分限者の大旦那さまが、
「我家の嫁御(よめご)に裏通りの粗末な家の娘は不釣合(ふつりあい)だ」
というと、奥さまが、
「何をいいますか、息子が病になるほど好きになった娘ご。あれこれ言っている場合ですか」
というた。
「うっ、うーん。長患い(ながわずらい)で身が細っても困(こま)るし、ここはお前にまかせる」
ということになって、奥方は供をした二人の番頭をまた江戸へやったと。
先方に行き、嫁にほしいと話すと、娘もまた、こころひそかに、あのときの息子の景色振りが忘れられないでいたので、いちもにもなく承諾(しょうだく)したと。
急いで国元に報(し)らせ、幾度(いくど)かのやりとりがあって、吉日を選んで祝言(しゅうげん)の日を待つばかりとなったと。
ところが、娘の家のとなりのバクチ打ちが、この娘にほれていた。そこへ分限者の息子と祝言をあげる話が耳に入ったわけだ。
バクチ打ちは、この話をこわして、なんとか娘をわが女房(にょうぼう)にしたいと思ったと。で、隣の婆ァと、バクチ仲間の医者に相談を持ちかけた。二人はたらふくご馳走(ちそう)になって、承知したと。
次の日、隣の婆ァはその娘を湯屋に誘(さそ)い、「お前が先に入って湯加減(かげん)を見てくれ」といった。娘が先に湯につかると、そのすきに婆ァは、自分の財布(さいふ)を娘の脱(ぬ)いだ着物のたもとにいれ、知らんぷりをして湯につかったと。
二人が湯からあがって帰りぎわに、婆は、
「あれっ、わしの財布がない」
と騒ぎ出した。その財布が娘のたもとから出てきた。婆ァは、
「お前が盗ったとはナ。人は見かけによらないものだ。こいつは盗人女(ぬすっとおんな)だ」
ゆうて、湯屋の客みんなの前で恥(はじ)をかかせたと。
医者は医者で、
「あの娘はろくろ首だ。夜中に首が六尺(しゃく)も抜(ぬ)けて、あんどんの油をなめる。縁談は破談(はだん)にした方がよい」
と、手紙を書いて飛脚に持たせ、分限者に届けた。
分限者の家ではおどろいて、相談の上、三百両の金を包んで破談を申し入れたと。
娘は、川へ身を投げて死のうと思い、ふらふらっと家を出た。隣(となり)のバクチ打ちの家の前を通ったら、バクチ打ちと婆ァと医者との三人が酒盛り(さかも)を開いて、声高に話しておった。
娘は、この三人が自分のことを言っているのに気がついて、耳をすませたと。
縁談が破談になったわけは、この三人の悪だくみであったことが分かったと。
娘は身投げする気が失せて、家に帰って爺(じい)さまと相談して、役人に訴(うった)えた。
三人は捕(とら)えられ、娘は役人の取りはからいもあって、分限者の息子の嫁になったと。
息子と娘は連れ添(そ)うてみると似合いの釜(かま)のフタとなり、一生しあわせに暮(く)らしたと。
どっとはれぇ。
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昔、あるところに親子三人がひっそり暮らしておったと。おとっつぁんは病気で長わずらいの末とうとう死んでしまったと。おっかさんと息子が後にのこり、花をつんで売ったりたきぎを切って売ってはその日その日をおくるようになったと。
「息子の嫁」のみんなの声
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