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みかんのはじまり
『蜜柑のはじまり』

― 山形県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、むかし、あるところにお寺(てら)があって、和尚様(おしょうさま)がひとり住(す)まわれておらしたと。
 ところがその和尚様、だんだん年をとられて今にもお迎(むか)えが来るばかりになったと。
 村の人達が集(あつ)まって、
 「もうし、和尚様、和尚様。何か食(く)いたいものは無(な)いか」
と枕元(まくらもと)で聞いたと。
 そしたら和尚様、
 「ほだなあ、これといってないけんど、なろうことなら暖(あった)かい国にあるというミカンという物を一口(ひとくち)でも食ってみたいもんだ」
と言うたと。村の人達は、
 「ミカンだな、ようしわかった」
 「必(かなら)ず手に入れて来るから、それまで養生(ようじょう)していておくんなさい」
と胸打(むねう)って請(う)けおうたと。

 
 お寺から出て来た村人達、
 「ところで、ミカンって何だ」
 「おら知(し)んね」
 「おらも知んねえ」
言うて、だれも見た者はおらん。
 「ほんでも、和尚様は暖かい国にあるっていいなさったぞ」
 「そんなら、暖かい国へ行って誰だかに聞けばわかるじゃろ」
と言うことになって、足達者(あしたっしゃ)な若者(わかもの)二・三人してミカンを探(さが)しに出かけたと。

 行くが行くが行くと、駿河(するが)、今の静岡県(しずおかけん)のあたりに差(さ)しかかった。
 「この辺は暖かい国じゃのう。もしかしたらこのあたりにミカンというものがあるかも知れん」
 「そうじゃの、どこぞで聞いてみっぺ」
と言うて、ある家でたずねてみたら、ミカンの木はあるにはあるが季節(きせつ)はずれで、みなもいだあとだったそうな。

 
 「も少し行ってみっぺ。あるかもしんね」
と、探(さが)し探しに行ったら、ある家の庭(にわ)にミカンの木が一本あって、そのてっぺんに、たった一粒(つぶ)だけミカンがなってあった。
 若者達は、さっそくその家に行って、
 「これこれの訳(わけ)で遠(とお)い最上(もがみ)の国から来た者です。どうか、あのミカンをゆずってけろ」
と、頼(たの)んだそうな。
 すると、その家の人は、
 「あれは、来年(らいねん)もミカンがいっぱいなるように、天(てん)の神様(かみさま)に差し上げ申(もう)したやつです。だけど、坊様(ぼうさま)のためなら神様も文句(もんく)は言わんでしょう。お金(かね)なんぞ要(い)らんから、さあさ、早うその坊様のところへ持って行きなさい」
と言うて心よくもいでくれたと。
 三人の若者は喜(よろこ)び勇(いさ)んで戻ったそうな。


 和尚様は、一口二口吸(す)ってみて、晴々(はればれ)とした目を開けて、
 「ああ、ありがたいこんだ、ありがたいこんだ。あとはもう何も思い残(のこ)すことはない。ナムナムナム」
と言うて、おだやかにあの世(よ)へ旅立(たびだ)ったと。
 その後(のち)、駿河の国では、欲張(よくば)って一粒も残さずもいでしまった家のミカンの木はみな枯(か)れてしまったと。
 たった一本、和尚様のために分けてくれた家のミカンの木だけは後々(のちのち)、あで栄(さか)って、ミカンの木を増(ふ)やしたと。
 今方々(ほうぼう)にあるミカンの木は、この家のが親木(おやぎ)なんだと。

 こんなことがあるから、ナリモノは、「来年もたんと成(な)るように」って天の神様に頼んで、木のてっぺんにある一粒を「木ィ守(まも)り」として、必ず残しておくもんだと。

 どんぴん。

「蜜柑のはじまり」のみんなの声

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驚き

おもしろいです。いい人ばっかり出てくるお話が好きです。( 50代 / 女性 )

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