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やまどりのおんがえし
『山鳥の恩返し』

― 山形県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、ある山小屋に樵(きこり)が一人で住んでおったと。
 ある日のこと木を伐(き)りに山を登って行くと、山鳥がけたたましい声で騒(さわ)いでいた。樵は、妙だな、と思って声のするあたりを見あげると、岩の上にある巣の中に山鳥が二羽いて、何かに狙われているようだと。
 「何かいるだな」
と、そのあたりをよっく見てみると、大っきな蛇(へび)が山鳥を狙ってカマ首をもちあげている。
 樵は、こいつめがと、棒で蛇を叩きつけて半殺しにして谷底へ落としてやったと。

 それから何年たったか、そんなことがあったということも、はあ、すっかり忘れてしまった頃だ。
 あるとき、急の用ができて、その樵、遠くに行かなくてはならなくなったと。
 

 
 山道を行くが行くが行くと、まだ時分(じぶん)でもないのに、急にあたりが真っ暗になって、何も見えなくなってしまったと。
 「あらら、こりゃどうしたこった」
 途方(とほう)にくれて、あちらこちら見まわすと、木々の向こうにあかりがひとつ、ぺカンと見えた。
 「やれえがった。あそこの家さいってみべ」
と、あかりを頼りにヤブを分け入って行ってみたら、大きな家があったと。戸をたたいて、
 「もうし、お晩です」
というと、一人の女子(おなご)が出てきて、
 「ああよく来た。お前の来るの、待ってたとこだ」
という。樵は、
 「ン、変なことを言うな」
と思ったが、疲れていたし、真っ暗だし、せんさくもしないで中へ入れてもらったと。入りしなに、さっと目を走らせて家の中の様子を伺(うかが)ってみたら、確かに立派な造りだが、しんとして他に人のいるふうでもないし、やっぱりどうもおかしい。


 「こげな山の中さあお前一人で…」
と問いかけると、女子はうしろ手で戸をピシャリと閉めながら、
 「今にわかる」
と、太い声でいう。
 きれいな女子と思っていたら、声も変われば顔も青ざめ、面変(おもが)わりをしていくふうだ。


 さあ樵は恐ろしくなった。
 「これはただのところではねえ。なんぼ暗くても表の方がまだましだ」
と思って、すきをみて飛び出そうとした。
 そのとたんに、氷のように冷たい手で、襟首(えりくび)、ぎちっとつかまれたと。そして、
 「逃がしはせん。お前の命は俺がもらってくれるは。俺は十年前、お前に命取られそうになった蛇だ」
と、すごい声でいうのだと。


 樵は、あっと思い出したと。そして、あのとき、とどめささなかったのをくいたと。
 蛇を殺すときには必ずとどめをささないと、あとからたたるのだそうな。
 樵は、肝(きも)すえて、
 「おらには山の神さんがついているど」
というたら、
 「ほう、面白い、山の神がついているか。それなら、ここにいるまんまで山寺の鐘を二つ、真夜中に鳴らしてみれ、もし鳴ったら助けてやるは」
と、今は蛇の顔になった女子はせせら笑ったと。
 樵は、苦しまぎれに言うたこととて、そんなこと出来るわけもないし、ああ、どうしたらよかべ、と困り果てたと。おまけに、女子の冷たい目でにらまれると、身体がぴくりとも動かすことが出来なくなったと。やがて、
 「さあ、真夜中だ。鐘、鳴らねがったな。命もらうど」
と女子がいうた。樵は観念(かんねん)したと。そのとき、
 「ゴ-ン」
と、寺の鐘がひとつ鳴った。はっと、女子の顔色が変ったと。


 「ゴ-ン」
と、またひとつ鳴った。
 「鳴ったどう」
 樵は思わず叫んだと。そしたらどうだ、家も女子もぺかりと消えて、暗い山ん中さ、樵はひとりで立っていたと。
 やがて夜も明けたので、鐘つき堂へ行ってみたら、釣鐘の下に、山鳥が二羽、並んで死んでいたと。

 どんびん。
 

「山鳥の恩返し」のみんなの声

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