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いしゃどんとおしょうさま
『医者どんと和尚さま』

― 新潟県 ―
再話 六渡 邦昭
語り 井上 瑤

 むかし、あるところに医者どんと和尚さまがいてあったと。
 ある日、医者どんのところへ和尚さまから手紙が届いた。
 「お頼(たの)みしたい用事があるから、御足労(ごそくろう)でもすぐに来てもらいたい。」
と書いてある。医者どんは、
 「はて、誰ぞ病気になったかな」
とつぶやいて、道具箱(どうぐばこ)を持って急いで行った。
 お寺に着いてみたところが、別段(べつだん)、病人がいるふうでもない。和尚さまはのんびりと竹藪(たけやぶ)を見ている。


 「やぁやぁ、来られたか、こちらへ」
と、医者どんを裏庭(うらにわ)へ招(まね)いた。
 「早速(さっそく)でございますが、実はお願(ねが)いがありまして、おいでを願いました。裏庭の竹藪が雪のために、この通り倒(たお)れたり折れたりしておりますが、この竹藪をどうしたらいいか、お智恵(ちえ)を拝借(はいしゃく)したいと思いましてな」
 
医者どんと和尚さま挿絵:福本隆男


 医者どんは、何を暇(ひま)なことを、と思うてカチンときたが、少しは洒落(しゃれ)のわかる人だったから、
 「うーむ、わしの診立(みた)てでは、これは筋違(すじちが)いだな。折れたものは植木屋(うえきや)の領分、倒れたのは和尚の領分、わしの領分は…と、ほほう、あの竹は栄養(えいよう)が悪うてもうじき死ぬな。こりゃやっぱり和尚の領分だわい」
というて、ニヤッと笑うたと。


 「ところで、どうして医者のわしに竹藪のことなんぞ聞こうと思うた」
 「あ、いや医者どんがわからんはずはないと思うてな」
 「そうか、わしゃ物識(ものし)りだからな」
 「なんの、このあたりの者は、お前様のことを、藪医者(やぶいしゃ)いうている。藪医者なら、竹藪のことを治してもらえると思うてな」
 「な、なんだ、人を馬鹿(ばか)にするにもほどがある。わしを藪医者と面と向かっていうとは、いやけしからん、実にけしからん」
 医者どんはぷりぷり怒って帰った。
 帰ったところが気がおさまらん。
 「あの和尚、なんとしてくれよう」
と、考えたと。


 しばらく経ったある日、和尚さまのところへ医者どんから手紙が届いた。
 「お頼みしたい用事があるから、御足労でもすぐに来てもらいたい」
と書いてある。
 「はて、患者(かんじゃ)でも死なして、お経でもよんでくれというのかな」
とつぶやいて、袈裟衣(けさごろも)で急いで行ったと。
 診療所(しんりょうじょ)に着いてみたところが、別段、死人が出たふうでもない。
 医者どんは窓(まど)からのんびり裏の田んぼを見ている。
 「やぁやぁ、こられたか、こちらへ」
と、和尚さまをその座へ招いた。


 「早速でございますが、実はお願いがありましておいでを願いました。私には三人の子供があるのはご存知ですな」
 「誰ぞ亡くなりましたか」
 「いやいや、この三人の子供に窓から見えるあの一町歩の田んぼを分けてやりたいが、どう分けたらいいか、お智恵を拝借したいと思いましてな。」
 「わしは和尚ですぞ、墓の分け方なら智恵も出ようが、百姓(ひゃくしょう)ではないから田んぼの分け方は何も知らん。ところで、どうしてわしに田んぼのことなんぞ聞こうと思うた」


 「あ、いや、和尚さまがわからんはずはないと思うてな」
 「そうか、わしゃ物識りだからな」
 「なんの、このあたりの者は、お前様のことをたわけ和尚と言うておる。たわけ和尚なら田の分け方を識っていられると思うてな」
 「な、なんだ、人を馬鹿にするにもほどがある。わしをたわけ和尚と面と向こうて言うとは。いやけしからん、実にけしからん」

 
医者どんと和尚さま挿絵:福本隆男

 和尚さまは、ぷりぷり怒って帰った。
 医者どん、腹(はら)の底(そこ)から笑うたと。
 
 いちごさっけ 鍋(なべ)の下ガリガリ。

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