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いぬぼえのもり
『犬ぼえの森』

― 秋田県 ―
語り 井上 瑤
再話 大島 廣志
再々話 六渡 邦昭

 むかし、むかし。秋田にサダ六(ろく)というマタギがおった。マタギというのはな、クマやシカを鉄砲でうつ猟師(りょうし)のことだ。そのマタギの中でも、サダ六は腕が良かったので、将軍さまから、天下御免(てんかごめん)の巻物をもらっていた。この巻物には、よその国に入って猟をしてもよいということが書いてあった。
 ある年の春のこと、サダ六は犬のシロをつれて猟に出た。シロはよく鼻のきく、たくましい犬だ。遠くの獲物をすぐにかぎつけ、恐ろしいクマにもおくせず立ち向かう。サダ六は、そんなシロをたいそうかわいがっていたと。
 山にはまだ雪が残っていた。あっちの山、こっちの山と獲物を探し回ったが、どういうわけか今日は一つとして獲物がみつからない。


 「しかたがない。シロ、帰ろう」
 サダ六がいうたとたん、突然シロが、ワンワンワンワンほえたて、走り出した。向かいの山に黒い影が動いた。
 「カモシカだー」
 サダ六は追いかけた。カモシカも必死だ。なかなか追いつかない。いつのまにかサダ六は、隣りの国、南部領に入っていた。ようやく追いつき、
 「ズドーン」
と一発、カモシカをしとめた。すると、その音を聞きつけ、南部のマタギ達がやってきた。
 「おい、ここは南部の領内だが、おめぇはこの国のもんじゃねぇな」
 「わしは、秋田のサダ六というマタギじゃ。将軍さまから、どこの国で猟をしてもよいというお許しをもらって」
 サダ六はそういうて、腰に手をやると、巻物がない。
 「家に忘れてきた、しまった」
 サダ六はお城につき出され、牢屋に入れられた。他国に無断で入った罪は重い。役人の取り調べを受けたが、巻物がない以上、申し開きのしようがなかった。


 ついに、サダ六は、明日の夜明けに処刑と決まった。
 「あの巻物さえあれば」 と、サダ六はくやしがった。すると、どこから入ってきたのかシロが牢屋に現われた。
 「シロー、家(うち)から巻物を持ってきてくれー」とサダ六がいうと、
 「ウワォーン」
とさけび、すぐさま牢屋を飛び出して行った。
 「シロー、頼むぞー、明日の朝までだー」
 サダ六は、さけんだ。
 シロは、雪道をひた走りに走った。山を越えた。谷を越えた。十里の山道を走り続けた。

 サダ六の家では、女房が、いつまでも帰らないサダ六の身を案じて、寝むれない夜を送っていた。
 夜中のこと、外でシロのワンワンほえる声が聞こえた。女房が戸を開けると、シロが飛び込んできた。


 「シロー、何かあったの」
 シロは、神棚の上にある巻物に向かって、狂ったようにほえ続けた。女房は、ハッとして気がついた。すぐに巻物を取りシロにくわえさせた。シロはまた、隣りの国めざして、走りに走った。だんだん空が白んでくる。
 
犬ぼえの森挿絵:福本隆男

 
 そのころ、サダ六は牢屋の中でいっすいもせず、シロの帰りを待っていた。
 ついに夜が明けた。シロは戻ってこなかった。
 サダ六は処刑場に引き出され、役人に処刑されてしまった。そのとき、巻物を口にくわえた一匹の犬が刑場に飛び込んできた。遅かった。サダ六は、もう冷たくなっていた。 
 シロは、サダ六のなきがらを引きずって、峠の森まで運んだ。そして、南部の国の方を向いて、
 「ウワォーン、ウワォーン」
と、何度も何度も、遠ぼえを続けた。

 それからというもの、村人達は、この森を“犬ぼえの森”と呼び、いつまでもいつまでも、サダ六とシロの情愛深い物語を語り伝えている。
 

「犬ぼえの森」のみんなの声

〜あなたの感想をお寄せください〜

悲しい

間に合わなかった走れメロスのような悲しいお話。このシロを祀る老犬神社という神社が実際にあります( 30代 / 女性 )

悲しい

最後に助かるのかと思ったらなんとも悲しい結末で思わず、うるっとしました。( 20代 / 男性 )

悲しい

感想に一番好きな話として挙げている方がいたので聞いてみました。悲しいお話ですね。悲しいお話をそのまま語り伝えることで育まれる心もあると思います。この民話の部屋を運営してくださっている方に感謝します。( 40代 / 女性 )

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