― 長崎県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭
昔、あるところに一軒の農家(のうか)があって、爺さと娘が暮らしてあったと。
あるとき、爺さが田圃(たんぼ)に代かき(しろかき)に行くと、蛇(へび)が蛙(かえる)を追いかけておった。
爺さが冗談(じょうだん)で、
「こりゃ蛇よ、そう追うな。おれの一人娘をお前にやるから」
といったら、蛇は蛙を追うのをやめて、どこかへ行ったと。
そしたら、その晩(ばん)から、娘のところへ立派(りっぱ)な若者がやってきては、翌朝早ように帰って行くようになったと。
爺さが娘に、
「お前のところへ毎晩毎夜(まいばんまいよ)、訪(たず)ねて来る若者は、いったいどこのだれだね」
ときくと、娘は、
「おら知んない。あの方(かた)があんまし景色(けしき)がいいもんで、おら、もじもじしているだけだもの」
というばかりで、本当に知らない様子だと。
そんなある日、家の前を一人の易者(えきしゃ)が通りかかった。爺さは、
「もし、易者どん」
と呼びこんで、占ってもらったと。
そしたら、易者は、
「この娘は、人間でない者を聟(むこ)にとって、すでに腹に赤児(ややご)を宿しているから、近いうちに死ぬかもしれない」
と、とんでもないことを言った。
爺さはびっくりして、
「何とか死なない方法はないもんじゃろか」
とたずねた。
「助かる方法はただひとつある。裏山の大木(たいぼく)の枝に、鷲(わし)が巣(す)をかけて、今、卵(たまご)を三つ産んである。それを聟殿に頼んで取って来てもらい、娘に食べさせるとよかろう」
易者は、こういうて出て行った。
その晩、訪ねてきた若者に、娘は、
「あの、おら、鷲の卵が食べたい」
というた。若者は、
「鷲の卵だな、承知した。明日にでも早速持ってこよう」
というた。
次の朝、爺さが裏山の大木の近くで様子をうかがっていたら、若者がやって来た。若者は、大木の下で蛇に変化(へんげ)した。
蛇は大木を登って、鷲の巣から卵をひとつくわえて下りてき、また登って、下りて、三つめの卵を盗(と)りに登った。そのとき、大っきな鷲が飛んで来て、足で蛇を押えるや、蛇の頭を嘴(くちばし)で噛(か)み切ってしまった。
爺さが家に帰ると、昨日の易者がまた来ておった。
爺さは、今見てきたことを易者に話した。
そしたら、易者は、
「これで、もう娘は助かった。こののち、三月三日の節句(せっく)に、酒の中へ桃(もも)の花を浮かべて飲ませなさい。そうすれば、腹の赤児もおりて、娘はいよいよ丈夫になるだろう。
あの若者は蛇の化身(けしん)だったのです。かく言う私も、実は、爺さに助けてもらった、あのときの蛙です」
こういうと、易者は、蛙の姿になって、どこかへ行ってしまった。
昔にこんなことがあったので、三月三日の節句には、桃の酒を呑むようになったのだそうな。
これでしまいばい。
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「鷲の卵」のみんなの声
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