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とと、おるかぁ
『トト、おるかぁ』

― 熊本県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 昔、ある山の中に、若い夫婦者があったと。
 二人には子供もなかったし、人里離れた山の中だし、身を寄せあって、仲好(なかよ)う暮らしていた。嫁(よめ)と夫(おっと)は、
 「どっちが先に死ぬかわからんから、もし死んだら床の間に死骸(なきがら)を塗(ぬ)り込むことにしよう。そしたら死んだ者も、生きとる者も淋(さび)しゅうないから」
 「うん、それがええなあ」
 と話しあって、約束していたと。
 そしたら、そのうちに嫁がポクッと死んでしもうた。夫は約束どおり、嫁を床の間の壁に塗り込めてやった。


 晩方になって夫が一人でいると、家がメリメリって音たてた。なんだぁなんだぁ、と思うて音の元らしい床の間を見ると、嫁の幽霊(ゆうれい)が出て来た。して、
 「トト、トトおるかぁ」
と、きいたから、夫は、
 「おぉ、ここにおるぞぉ」
と返事をしたと。
 
トト、おるかぁ挿絵:福本隆男


 そしたら、また幽霊が
 「トト、トトおるかぁ」
って言いながら、近寄って来た。夫は嫁の幽霊とはいえ、だんだん恐ろしゅうなって、家を飛び出て村へ行った。次の日の朝帰ってきて畑仕事をしたと。
 その晩も、次の晩も、毎晩毎晩、嫁の幽霊が出てきた。夫は村へしょっちゅう泊まるわけにもいかんし、誰かに相談するわけにもいかんで困っていた。


 ある日旅人が訪ねてきて、夜も更(ふ)けたし、今夜、ぜひ泊めてくれ、というた。
 「泊めることは易いことだが…。うちは幽霊がでるから…」
 「私ゃ、幽霊なんぞ、ちいっとも恐くない」
 「恐くないなら泊まって下され。夜中に、トト、トトおるかぁ、って聞こえたら、おー、ここにおるぞぉ、って答えてやって下され。俺は村に行く用事があって、今晩は帰って来られんが、明日の朝は帰って来るから」
 夫はこう言うて、さっさと村へ下りて行ったと。


 旅人が眠っていたら、夜中頃になって、家がメリメリって音たてた。
 なんだなんだぁ、と思うて音の元らしい床の間を見ると、女の幽霊が出て来た。して、
 「トト、トトおるかぁ」
という。旅人が
 「おぉ、おるぞぉ」
と答えると、
 「トト、トトおるかぁ」
と言いながら、だんだん近寄ってきた。


 旅人は肝の座った男だったが、青い火がフワァ、フワァと燃えて、髪のバラーンとなった女が近寄ってきて、じわーっと抱き締めたから、もうたえられん。家を飛び出て、一目散(いちもくさん)に逃げ出した。幽霊もそのあとを追っかけるんだと。
 旅人は逃げ場がなくなって、柿の木に登った。そしたら、幽霊も登ってくる。とうとう柿の木のてっぺんへ追い詰められてしもうた。


 下から幽霊が、
 「トト、トトおるかぁ」
というて、冷たい手を延ばして足の下からモモの方へだんだん撫(な)で上げてくる。旅人は
 「とって喰(く)われるぅ」
と思うて、腰に差していた扇子(せんす)を引き抜いて、力まかせに幽霊を叩(たた)いた。そのとたん、幽霊はパッと消えたと。
 
トト、おるかぁ挿絵:福本隆男


 次の朝、夫が村から戻ってみたら、旅人はイビキをかいて眠っておった。その手に扇子が握られていたので、その扇子をひろげて見たら、南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)と書いてあった。夫は、
 「ははぁ、なるほど。お経もあげず、葬式もせずに、死骸(なきがら)を床の間に塗り込んだから、成仏(じょうぶつ)できないで迷い出たんだなぁ」
というて、村の和尚(おしょう)さんに来てもらい、供養(くよう)してやった。そしたらそれ以来、ふっつり、嫁の幽霊が出て来なくなったと。
 
 そるばっかい。

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