さるのむこどの
『猿の婿どの』
― 熊本県阿蘇郡 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、むかし、あるところに爺(じい)さんがあったと。爺さんには娘(むすめ)が三人あったと。
ある日爺さんは牛蒡(ごぼう)を掘(ほ)りに行った。ところが牛蒡はひとつも掘れない。どうしようかと思うていたら、猿(さる)がやってきて、
「爺い、爺い、牛蒡掘ってやろか」
というた。爺さんが、
「掘ってくれるか。ぬし(お前)が堀り上げたならおれの娘をどれか嫁御(よめご)にやろう」
というたら、
「本当にくれるか、では三日したらもらいに行くから」
という。
まさか猿が娘を嫁にもらいに来るなんて、あるわけがないとたかをくくり、
「よし、よし」
と返事したと。それを聞くと猿は、牛蒡をボスボス抜(ぬ)いていって、とうとう牛蒡畑の牛蒡を残らず掘ってしもうたと。
「爺い、三日ののち、娘をもらいに行く」
というて、猿は山の中に消えたと。
「猿のやつ本気だな。こりゃ大事(おおごと)だ。それにしても、どうして娘を嫁にやるなんて言うてしもうたんじゃろか。どうするか、どうするか」
と、くやんで、悩(なや)んで、しおらしおら家に戻(もど)った。晩ご飯も喉(のど)を通らない。娘たちが心配して、
「どこか身体のあんばいでも悪いんか」
と聞いた。爺さんは、
「そうじゃない。実は、猿めに、牛蒡を掘ってくれたら娘のひとりを嫁ごにやると言うてしもたんじゃ。猿めは張(は)り切って牛蒡畑の牛蒡を全部掘って行きよった。
三日すると嫁もらいに来ると言いよったが、ありゃ本気じゃ。お前、行ってくれんか」
と、一番娘に頼(たの)んだ。すると、一番娘は、
「誰が、あんな猿めの嫁になんか」
というてにべもない。
爺さんは、二番娘に頼んだと。すると、二番娘に、
「馬鹿(ばか)も休み休み言いない。そんな約束をする者があるもんか。誰(だれ)が行くかな」
というて、カンカンに怒(おこ)られた。
爺さんは三番娘に、
「実はこれこれこうで、猿めが三日の後には嫁もらいに来る。姉二人は行かんちゅうて怒っとるが、お前行ってくれんか」
と頼んだと。すると、三番娘は、じいっと考えこむふうだ。やがて、顔をあげ、
「そんなら私が猿の嫁に行きましょう」
というた。
爺さん、たいそう喜んで、
「ほんなこつ行ってくるるか」
と聞いたら、
「私は親孝行(こうこう)と思うち行きます。花嫁仕度(じたく)に、三つの物ば下さいまっせ」
という。
「そん三つの物ちゃ何か」
「えらい重い臼(うす)と、えらい重い杵(きね)と、そうしてから米ば一斗くださりまっせ」
「なに、そんな望みか、よしよし」
それから三日経(た)って、いよいよ猿が嫁もらいに来た。
三番娘は、
「猿さん、猿さん、私があんたの嫁ごに行く。山に行ってから、お祝いに餅(もち)をついてもらわにゃなりまっせん。そいだから、あんたが臼と杵と米ば、かついで行かにゃならんばな」
というた。猿が臼と杵と米をかつぐと、えらく重たかった。が、嫁ごの言うことだから、三つともかついで、山を登って行ったと。
いくがいくがいくと、道の両側には桜(さくら)の花が一杯(いっぱい)咲(さ)いていた。尚(なお)も行くと、大きな谷があって、はるか下を川が流れていた。谷にせり出すように枝(えだ)が延(の)びた、えらく美しい桜の木があった。
三番娘が、
「猿さん、猿さん、あん桜の花は、えらい美しかのう。私にとってくれんかな」
というた。いとしい嫁ごのいうことだと思い猿は、「よしよし」というて、臼と杵と米を背中(せなか)から下ろそうとした。
そしたら、
「荷を下ろしたらいかん。臼を下ろしたら土臭(くさ)くなる。土臭い祝い餅は食べられん」
といわれた。これもいとしい嫁ごのいうことだと思って、猿は重い荷をかついだまま、木登りをはじめた。
「この枝でいいか」
「猿さん、猿さん、もっと上んとば取ってくんなさい」
「そんならっと、このへんかぁ」
「もっと上ん方の」
「なら、このへんかぁ」
「そん枝の、もっと先のぉ」
猿は、だんだん上に登って行き、谷にせり出ている枝の、細うなっているあたりまで行ったと。
「このへんのでいいかぁ」
「そう、その先のあの花ぁ」
猿が三番娘の指差す枝花を手折(たお)ろうと、手を延ばしたら、背中に重いものを負ぶっているものだから、バリンと枝が折れたと。
猿は、深い深い谷川に落ちていった。
水にはまった猿は、臼と杵と米の重みで沈(しず)みながら、
〽さるさだが死ぬる命は惜(お)しまねど
おとずる姫(ひめ)が泣くぞかなしき
と、歌を詠(よ)み残して、流されて行ったと。
三番娘は家に帰り、みんなで喜んだと。
なーあ、もーすもーす米ン団子(だんご)。
「猿の婿どの」のみんなの声
〜あなたの感想をお寄せください〜