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なみまつのたぬき
『並松の狸』

― 高知県加美郡土佐山田町八王子 ―
再話 市原 麟一郎
語り 井上 瑤

 土佐の並松(なみまつ)、今の高知県加美郡土佐山田町八王子(こうちけんとさやまだちょうはちおうじ)から、すずれ場のあたりは、今でこそ広い舗装道路(ほそうどうろ)がついて、道の両側(りょうがわ)には新しい家が建っちょりますが、昔は家ものうて、道の両方にはこじゃんと大きい木があって、うんと寂(さび)しい所じゃった。
 林の中にはお墓がいっぱいあって、畑にはぎっしり桑(くわ)の木が茂(しげ)って、男の人でも寂しゅうて通れん所でねぇ。


 未(ま)だあたしらが若い時分でねぇ、主人と二人で山田の郵便局の先生の家へ遊びに行って、いろいろ話よって、十二時近うなって並松を通って帰って来ました。
 
並松の狸挿絵:福本隆男


 そのあくる日から、主人が熱を出して、学校の先生じゃったけんど、勤(つと)めにも行けんようになって、お医者さんに診(み)てもろうたけんど、格別(かくべつ)痛いところもなく、なんの病気かさっぱりわからんきに心配しよった。
 ほいたらある晩、私が病人のそばにおると、なんともいえん呻(うめき)き声が聞こえてきて、それが病人ではのうて、暗いお床の隅(すみ)から聞こえて、なにかが潜んでいるように思うて、あたしはびっくりして釜屋(かまや)へ走りこみました。
 病気がわからんでうんと心配しよった舅(しゅうと)が
 「そりゃいかん。なんぞとりついているがじゃ。医者だけではいかんぜよ」
 どこぞ偉(えら)い太夫(だゆう)さんに見てもろうてとり除(のぞ)かにゃいかん、ということになり、野田村から来てもらいました。


 太夫さんが言うには、
 「この人は、病気ではないぜよ。なんぞついちょるきに、弓祈祷(ゆみきとう)をやっちゃろ」
と、いうことになって、つきもんが乗り移るというお婆(ばあ)さんを山田から雇うて来ました。
 米を一升(いっしょう)ますに盛りあげて、野菜や果物や昆布(こんぶ)などを、どっさり祀(まつ)ったように覚えちょります。
 幾日(いくにち)も祈ってもらいよったら、榊(さかき)が大きゅう振(ふ)れて何が現れるかと、周囲の者が息をつめちょりました。大きい声で太夫さんが、
 「誰ぜよ、ここの主人について来たもんは、名前を言うてみい」
と叱(しか)るように何度も頼(たの)みました。そしたら太夫さんの側(そば)におったお婆さんが震(ふる)えながら恐(おそ)る恐るものを言いはじめたのです。


 「あたしは、並松の七社(しちしゃ)です。亭主が遠くへ働きに行って、子供を連れてなんぎしよります、悪いと思うたけんど、あんまり二人が仲良う戻りゆくのを見て、うらやましゅうてついて行きました。許(ゆる)してつかさいませ」
 お婆さんに乗り移っちょった狸(たぬき)が恐(おそ)れいりました。
 「今度来たら許さんぜよ」
と太夫さんが言うたら、
 「もう去(い)ぬるき許しとうせや」
 「ほんなら命は救けちゃうき、早う出て行き」
と怒ると、床の前に座っちょったお婆さんが、なんと一間も向こうへパッと飛んで、縁を越えて庭まで飛びおりました。
 ふちにおった私らは、ただびっくりして、ものも言えんようになっちょりました。


 朝になると、あんなに苦しみよった主人が、嘘(うそ)のように治って庭を歩き出しました。
 隣(となり)の人がびっくりして、
 「ありゃ、おまさん、うんと悪いと聞いちょったけんどようなったかよ」と言いました。
 あとになって主人が言うには、あのとき並松まで戻ったら、なんやらわからんけんど、肩へすっと重いもんがかぶさったように思ったそうです。
 ほんとに不思議なことですが、これはあたしが実際(じっさい)に出会ったことです。


 今でも並松のお寺の庭には、七社権現(しちしゃごんげん)という狸(たぬき)を祭(まつ)ったほこらがあります。
 
並松の狸挿絵:福本隆男


 並松の狸の話はとても有名で、むかし五台山(ごだいさん)の万徳和尚(まんとくおしょう)さんが封じこめて、五十年ぐらいは悪いことが出来んようにしちょったが、その年が切れたので、また狸が悪いことを始めたと言われちょりました。
 
 こんな話。

「並松の狸」のみんなの声

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