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しゃけのおおすけ
『鮭の大介』

― 岩手県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 昔、奥州気仙郡竹駒村(おうしゅうけせんごおりたけこまむら)に相川(あいかわ)という家があった。
 この家の先祖は三州古川(さんしゅうふるかわ)の城主(じょうしゅ)であったが、織田信長との戦(いくさ)にまけて、はるばる奥州へ落ちのび、そこに住まっていたそうな。
 ある日、牛たちを牧場(まきば)に放していると、不意に大っきな鷲(わし)が下りて来て、子牛をさらって飛び去ったと。主人は怒って、
 「あの鷲め、きっとまた来るにちがいない。どうあってもひっ捕(と)らえてくれる」
というて、弓矢を持つと、牛の皮をかぶって牧場にうずくまった。そうして、鷲の飛び来るのを五日も六日も待ち受けたと。
 ところが、疲れて、つい、とろとろっと居睡り(いねむり)をした。
 

 
 そしたら、やにわに大っきな鷲が飛び下りてきて、むんずと主人を鷲掴(わしづか)むと空高く運び上げた。バサーッ、バサバサって、あれよという間もなかったと。
 主人は鷲の太っとい足にひっさげられたまま、どうすることも出来ない。身を縮(ちぢ)め、息を殺していたが、えい、成るようにしか成らん、と思うたら気が軽うなった。 
 はるか下を、いくつもの人里や野や山脈(やまやま)が過ぎ去ってゆく。やがて海の上を飛び、夜星(よぼし)を見、朝日を拝(おが)み、まだ飛んで、とうとう、ある島の巨きな(おおきな)松の木の巣の中へ落とされたと。
 鷲が巣の縁(へり)に止まり、嘴(くちばし)をクワッとあけた。
 恐っそろしげだと。
 「喰われる」と思った主人は、かぶってた牛の皮を鷲に投げつけ、刀を抜いた。


 鷲は不思議そうに首を傾(かし)げたと。そうやって、身構える主人をしばらく見ていたが、不意に羽ばたいて、どこかへ飛んで行ったと。
 「ふー」と息を吐き、あたりを見回すと、巣の中には鳥の羽がたくさん散らかってあった。羽を集めて縄(なわ)をない、松の木の枝に結(ゆわ)わえて、やっと地上へ下り立つことが出来たと。
 岩をつたって浜辺へ下り、思案(しあん)に暮れていたら、そこへどこから来たのか、一人の白髪(はくはつ)の翁(おきな)が現れて、
 「これ、お前はどこから来た。こんな所へ容易に来られるものではないぞ」
という。
 「やれ、助かった。地獄(じごく)に仏とはこのこと。ここはどこですか」
 「ここは玄界灘(げんかいなだ)の離(はな)れ島だ。舟が難破(なんぱ)して流れ着いたか」
 「どうにかして故郷(くに)に帰りたい、と思案しておりましたが、ここが玄界灘と聞いたからには、その望みも絶えてしまった」


 主人はこう嘆(なげ)いて、今までのことを物語って聞かせたと。すると翁は、
 「お前がそんなに故郷に帰りたいなら、このわしが必ず帰してやる」
というた。主人は怪訝(けげん)に思うて、
 「お前さまは、どなたですか。どうやって帰してくれますか」
と聞くと、翁は、
 「わしは実は鮭の大介である。わしの一族は毎年十月二十日には、お前の故郷、今泉川(いまいずみがわ)の上流の角枯淵(つのがんぶち)へ行って卵を産む。今はその道中(どうちゅう)にある。この島のそばで皆々をやすませていたら、お前が見えた。あまりに嘆(なげ)きが深そうで捨て置くことも出来ず、人の姿に変化(へんげ)して身の上を聞いてみたのだ」
 主人は、こういう不思議もあるかと驚(おどろ)いていると、翁は、
 「わしの背中に乗れ」
という。

 
鮭の大介挿絵:福本隆男
 主人が、おそるおそるその翁の背中におぶさると、もう、島の沖あいを鮭の大群に守られるように渡っていた。しばらくして自分の故郷の今泉川に帰りついたと。


 竹駒村の相川家の当主(とうしゅ)に、昔、こういうことがあったので、今でも毎年の十月二十日には、今泉川の鮭の漁場(りょうば)へ羽縄(はねなわ)に御神酒(おみき)供物(そなえもの)をして、吉例(きちれい)によって、鮭留め数間(すうけん)を開けることにしているのだそうな。

 どんとはらい。

「鮭の大介」のみんなの声

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