― 山梨県北巨摩郡大泉村 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むがし、甲斐の国、今の山梨県(やまなしけん)北巨摩郡(きたこまぐん)の大泉村(おおいずみむら)というところに、谷戸八右衛門(やとはちえもん)という男がおったと。
あるひのこと、八右衛門は八ヶ岳(やつがたけ)へ狩りに出かけたと。獲物(えもの)を追って山の奥の奥へと分け入って行ったら、そんなに遠くないあたりで木が倒れる音がした。
「古い木が倒れただな」
と、つぶやきながら音のした方をみると、パチパチ火のはぜる音とともに煙(けむり)があがったと。
「やっ、こりゃいかん。倒れるときに他の木とこすれおうて火が点(つ)いただな」
八右衛門はあわてて消しに行こうとした。
その間にも、火は乾(かわ)いた草に燃(も)え移り、広がって、勢(いきお)いが強くなっていく。間の悪いことに、山裾(やますそ)から強い風が吹きあがってきて、風が火を運び、火が風を呼びして燃え盛(さか)った。
火の粉(こ)がそこいらじゅうにふりまかれ、八右衛門の周囲(まわり)にも飛び火した。
「こりゃおおごとだ。火を消すどころの騒ぎでねえ、我が身が危ね」
八右衛門は火に炙(あぶ)られ、煙にむせびながら逃げた。あっちへ走り、こっちを跳(と)びして、ようやっとのことで火の勢いのよわいところへたどりついたと。
挿絵:福本隆男
ほっと一息ついたところで、ふと、かたわらの、まだ根本が燻(くすぶ)っている大木(たいぼく)の枝を見ると、その先に小さな蛇(へび)が一匹巻きついていた。八右衛門は、
「おうおう、お前も生きのびたか、しかし、ここじゃあまだまだ安心できねえだ」
と、いうて、持っていた弓(ゆみ)にその蛇を巻きつけると、火の気のないところに離(はな)してやったと。
それから何日か経ったある晩のこと。寝(ね)ている八右衛門の夢枕(ゆめまくら)に、一匹の大蛇(だいじゃ)があらわれて、
「この間は子供を救(たす)けてもらってありがとうございます。ご恩返しに、この楊枝(ようじ)をさし上げます。これを地面にさせば、そこからきれいな泉がなんぼでも湧(わ)いてきます。どうか受けとって下さい。」
というて、すーっと消えてしもうた。
次の朝、八右衛門が目をさますと、枕元(まくらもと)に一本の楊枝が置かれてあった。
「はて、してみるとあれは夢ではなかったか。奇妙なこともあるもんだな」
八右衛門はためしに、その楊枝を裏山(うらやま)にさしてみた。
すると、そこからたちまち、きれいな水が湧き出して、やがて大きな池が出来た。
挿絵:福本隆男
これを知った村人たちは大喜びで、
「八右衛門さん水を分けてくれんか」
「汲(く)んでも、汲んでも、汲みきれんほど湧いてくるんじゃから、おらの田んぼに水を引いてもええだかや」
「俺(お)らとこもええだか」
と、申し入れてきたと。
八右衛門はこの水が、村の大事な水源(すいげん)となったのを喜(よろこ)んだと。
ところが始めのうちは皆々大事に使っていたが、そのうち、水が湧き出るのがあたりまえのように思って、無断でどんどんつかうようになった。
八右衛門は、この泉の訳を話して、もっと大事に水を使うように言いきかせたが、だあれもそんなこと信じなかったと。
怒った八右衛門は、泉の出口にさしてあった楊枝を抜いてしもうた。
すると、泉はみるみるうちに干上がってしまったと。
困ったのは村人たちだ。八右衛門にあやまって、これからは毎年、水年貢(みずねんぐ)といって、水の使用料を払うことを約束したと。
こうして八右衛門が再び楊枝をさすと、またきれない水がこんこんと湧き出して来た。
それからのち、この泉は”八右衛門出口”と呼ばれるようになった。
今、この泉のそばにある大木は、昔、八右衛門がさした楊枝が大きくなったものだという。
いっちんさけぇ。
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「八右衛門出口」のみんなの声
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