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きつねのあだうち
『狐の仇討』

― 山口県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかし、ある村に藤六(とうろく)という百姓(ひゃくしょう)がおったと。
 ある日のこと、藤六が旅から村に帰って来る途(と)中、村はずれの地蔵(じぞう)堂のかげで、一匹の狐(きつね)が昼寝(ひるね)しているのを見つけた。
 「まこと狐の尾(お)っぽは大きなもんじゃわい」
と見ているうちに、むらむらっといたずらっ気がおこり、そっと近づいて、棒(ぼう)きれで狐の尾っぽを叩(たた)きつけた。

 狐はびっくりしてとび起き、ケンケンとないて山の方へ逃(に)げて行ったと。
 「いきなり叩かれたんじゃ、なんぼ狐でも化ける間もあるまいて」
 藤六は大笑いしながら、もう、ま近い自分の家に向ったと。


 同じ頃(ころ)、山の畑では、藤六と仲のよい五作(ごさく)という百姓が鍬(くわ)で土起こしをしておった。
 やがて、日の暮(く)れ方。
 五作が終い仕度をしながら、ひょいと藪(やぶ)を見たら、藪の中で一匹の狐がしきりに尾っぽを振(ふ)り廻(まわ)しておった。
 「おかしなことをするわい」
と思うて、じいっと見ていたら、いま旅に出ているはずの藤六の姿(すがた)に変化(へんげ)した。そして、すたすたと村の方へ山を下りて行った。
 「ははん、ど狐め、藤六に化けおって、村の衆(しゅう)をたぶらかそうっちゅうんだな。ようし、見ちょれよ、いまに化けの皮をはいじゃるけぇ」
 五作は狐を見送ると、いそいで我(わ)が家へ帰ったと。

 帰ったところが、何と、さっき見た藤六が、我が女房(にょうぼう)を相手にして、茶を呑(の)みながら面白そうに何か話をしておる。


 「ど狐め、もう、おれの家へ来てやがる」
 あきれるやら、腹(はら)が立つやら。五作は丸太ん棒をとって握(にぎ)り、いきなり家に飛び込んで、
 「このど狐め、これでもくらえっ」
と、藤六めがけてガンガンなぐりつけたと。
 
 「いて、いてぇ、何する五作」
 「五作だとぉ、ど狐のくせしやがって、なれなれしい、これでもくらえ、この、この」
 「いて、いて、いてぇ、わしが狐じゃとぉ、五作、ちがう、ちがう。わしじゃ、藤六じゃ」
 「外道(げどう)めが。化けの皮をはいじょるぞ。おれぁ、お前が藤六に変化(へんげ)しよるんを、さっきこの目で、ちゃあんと見ちょったんじゃい」
 「いて、いて、いてーちゅうの、これ、ちょっとやめ、やめーって。ちがうんじゃ、よう見てくれ。わしゃあ旅から今日帰ったで、土産を持って来たんじゃえや」


 藤六が、やっとのことでこう言うと、這(は)いずりまわって逃げとった五作の女房も、体せい立て直して、
 「ああびっくりした。寿命(じゅみょう)が十年縮(ちぢ)んだよ。これ、何が狐じゃ。よく見てごらんよ。藤六さぁにきまってるじゃろが。まったくぅ、わが亭主(ていしゅ)ながらあきれて物も言えん。この阿呆(あほ)たれ。藤六さぁにあやまりぃ」
と、おこること、おこること。

 「ま、ま、まことの藤六さぁかいや」
 やっと狐ではなく、本当の藤六とわかった五作は、きまり悪そうに、山の畑での狐の変化のことを話してあやまった。
 すると藤六も、地蔵堂で狐にいたずらをした話をし、
 「はぁ、わしゃぁ、狐めに仇討(あだう)ちされたわい」
 こういうて、にが笑いしたと。
 
 これきりべったりひらの蓋(ふた)。

「狐の仇討」のみんなの声

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