一喜一憂しなくてもいいんだな❗️と勉強になります。( 40代 / 女性 )
― 山形県 ―
再話 六渡 邦昭
語り 井上 瑤
むかしむかし、日本の隣(となり)の國(くに)、中国の宋(そう)の国に、塞翁(さいおう)という人がいたそうな。
あるとき、塞翁は姿のいい女馬(おんなうま)を買ってきたそうな。
挿絵:福本隆男
「すこし、高い買い物だったかなぁ」
と思うていたら、近所の人たちがみなみな、
「すばらしい馬だねぇ」
「ええ馬だなあ」
というてくれる。
「いやいや、高くね、安いくらいの馬だ」
と思いなおして喜んでいたら、ある日、その馬が逃げてどこかへ行ってしまった。
あっちたずね、こっちたずねしても馬の行方(ゆくえ)を知った人はいない。捜(さが)しあぐねて、占師に占ってもらったら、占師は、
「またよいこともあるでしょう」
というた。
そうこうして日が経ったある日、パカパカ、パカパカ馬の蹄(ひづめ)の音がするから家の外へ出てみたと。
そしたら逃げて居なくなった塞翁の女馬が戻ってきて、その上、毛並みのいい男馬を伴(ともな)って来ていた。
塞翁はすばらしい馬二頭の持ち主になったと。
近所の人たちが
「いや、めでたい」「おめでとうさん」
というて、祝ってくれるので、占師のところへお礼に行った。そしたら占師が
「また、悪いこともあるでしょう」
というた。
塞翁は、
「あの占師たら、なにをいうやら」
というて腹(はら)を立てた。
ある日、塞翁が馬に乗っていたら、馬が何かに驚(おどろ)いて棹(さお)立ちになった。塞翁は馬から転げ落ちて足を怪我(けが)したと。
占師のところへ行って、
「馬二頭の持ち主になって喜んでいましたら、あなたの言うとおりになりました。また占って下さい」
と頼んだら、占師は、
「また、よいこともあるでしょう」
というたと。
それから少し経って、戦争が始まった。
五体満足(ごたいまんぞく)な男は、みな民兵(みんぺい)として引っ張られて行った。が塞翁は、足が悪くなったので、戦争にかりだされなくてすんだと。
その戦争は、負け戦(まけいくさ)で、かり出された民兵たちは、みな殺しの目にあったそうな。
塞翁は怪我のおかげで生命(いのち)拾いして、天寿(てんじゅ)を全(まっと)うしたと。
こんなことがあってから、いいことがあったり、悪いことがあったりすることを、
「人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)」
と言うようになった。
挿絵:福本隆男
日本の国でも、古い歌に、
「裏(うら)を見せ、表を見せて、散(ち)る紅葉(もみじ)」
と詠(うた)った人もいて、人生は、表目(おもてめ)出たり裏目(うらめ)出たり、どこでどう変わるかわからないのだから、うまくいかないからといって、なげいてばかりいないで元気出しなさい。またいい事があったからといって有頂天(うちょうてん)にならずに心をひきしめなさい、と諺(ことわざ)で教えてくれているんだと。
どんぴんからりん、すっからりん。
一喜一憂しなくてもいいんだな❗️と勉強になります。( 40代 / 女性 )
昔、駿河(するが)の国、今の静岡県の安倍というところに、亭主(ていしゅ)に死なれた母親と二才の赤ん坊がおったそうな。母親は、毎日赤ん坊をおぶってはよそのお茶摘みを手伝って、やっと暮らしておったと。
むかし、越中(えっちゅう)の国、今の富山県にある村に横笛のたいそう上手な若者がおったと。 若者は炭焼きだった。山の中に小屋と窯(かま)を作り、そこに寝泊(ねと)まりしながら炭を焼くのだと。若者はなぐさみに夜毎(よごと)笛を吹(ふ)いていた。
むかし、むかし。ある国にとても厳しいきまりがあったと。六十歳になった年寄りは、山へ捨てに行かなければならないのだと。その国のある村に、ひとりの親孝行な息子がおった。母親が六十歳になったと
「人間万事塞翁が馬」のみんなの声
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