― 山形県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、むかし、あったと。
ある春先(はるさき)のうららかな日。
縁側(えんがわ)で婆(ばあ)が爺(じい)の足の爪(つめ)を切ってやり、そばでは猫が大(おお)あくびだ。
空の雲の上でも、そっち眺(なが)め、こっち眺めしていた雷(かみなり)さま、あんまり温(ぬく)くて気持ちいいもんだから、つい、こっくりこっくり、鼻ちょうちんだと。
はっとして目ぇあいたら、そのとたんに足滑らせて雲から落っこちた。
落ちて、落ちて、落ちたところが、井戸の中だった。
ドンガラリン、バッシャーン
と、おっきな、おっきな音たてた。
爪切り終えて、茶も飲みおえて、うっつらうっつらしてた爺と婆、それと猫、きもとばして縁側から転(ころ)げ落(お)ちた。
「アワワ、アワワ」
「イデ、痛デェー。ば、婆さん、何があった」
「お、おら、まんだドキドキして……しゃべらんねぇ」
「何か、落ちた音でねがったかや」
「ほだ」
「水の音も聴こえだな」
「ほだ」
「あれゃ、婆さん、あれ見ろ。井戸の屋根、穴ぁ開(あ)いだ」
爺(じい)、地(じ)べたに座ったまんま指(ゆび)差(さ)したら、井戸の中から声がした。
「助けてけれぇー」
婆、あわてて爺の背中のかげにかくれた。
「なんの声だべ、爺さん」
「わがんねぇ、井戸の中みてだな」
「ほだ。だれか落ちたべか」
爺と婆、二人でおそるおそる井戸へ行き、なかを覗(のぞ)いてびっくりした。
「なんだ、ほこさ落っだなぁ、雷さまでないか」
「ほだ、何とか助けてけらっしゃい」
「雷さまだら、自分であがれるだねか」
「あがんべと思ったげんど、ほれ、太鼓は背負(しょ)ってる。風(かぜ)出す袋は背負ってる。雨降らせるジョロは背負ってる。それにへそ抜いだなの背負ってるもんだから、なんだって上(あ)がらんね」
「ケガァ無(ね)がったか」
「雷ァ、がんじょうに出来てるがら、打ち身だけだった」
ほうか、ほんでは、と爺と婆とで雷さまを上げんべとしたが、あがんねがった。
隣近所(となりきんじょ)みな呼んできて、はじめに太鼓あげて、風の袋あげて、雨ふらせるジョロあげて、ヘソ袋あげて、やっと雷さま上(あが)った。
「いやいや、御世話になった。助けて呉(け)たみんなの苗字(みょうじ)教えてけらっしゃい」
「隣近所はみな一族郎党(いちぞくろうとう)で、おらだち一族は桑原ていうなだ」
「ああ、ほうだったか。これからは、もしおれが、そっちこっちでやかましくしたとき、桑原って三回言うてくれれば、ここさ来ねがら」
こう約束して、雷さま、桑畑(くわばたけ)へ行った。 空ぁ見上げていだっけぁ、空からクモの糸みたいな一条(いちじょう)の光(ひかり)が降(お)りてきて、雷さま、それをつかんでのぼって行った。
爺と婆と一族郎党は、雷が鳴ると桑原桑原桑原ってとなえて、雷さまに遠くへ行ってもらっていだった。
昔に、こんなことがあったから、今でも雷が鳴っど、クワバラ、クワバラ、クワバラって三べん言うんだと。
どんびんからりん すっからりん。
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昔、豊後(ぶんご)の国、今の大分県臼杵市(おおいたけんうすきし)野津町(のつまち)大字野津市(おおあざのついち)というところに、吉四六(きっちょむ)さんという頓智(とんち)にたけた面白い男がおった。
昔、あるところに、人の住まない荒(あ)れた屋敷(やしき)があったそうな。何でも昔は、分限者(ぶげんしゃ)が住んでいたそうだが、どうしたわけか、一家みな次々に死に絶(た)えてしもうて、そののちは、だあれも住む人もなく、屋敷と仏壇(ぶつだん)だけが荒れるがままの恐(おそ)ろしげになっておった。
「桑原桑原桑原」のみんなの声
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