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かわひめ
『川姫』

― 和歌山県 ―
語り 井上 瑤
再話 和田 寛
整理・加筆 六渡 邦昭

 昔、紀伊の国、今の和歌山県の※1北富田(きたとんだ)に、与平(よへい)という釣(つ)りの好きな男がおった。
 ある日のこと、与平はいつものように富田川(とんだがわ)に釣り糸をたれておったが、その日にかぎって、一匹の小魚も釣れんのだと。
 「いったいどうしたんだろう。昨日はあんなによく釣れたのに……」

 与平は退屈(たいくつ)しきって、煙管(キセル)で煙草(たばこ)をふかしていると、水面に銀色の鱗(うろこ)をした鯉(こい)が一匹浮かんできた。
 「これは珍(めず)しい鯉だ。よし、捕(つか)まえてやろう」
 与平は急いで着物を脱ぐと、川へ飛び込んだ。

 
※1 現在の 和歌山県西牟婁郡白浜町(ニシムログン シラハマチョウ) になります。   

 
  鯉は銀色の鱗をきらきら輝かせながら、ゆっくりゆっくり泳いでいる。しかし、手をのばすとヒラリと身をかわすのでどうしても捕まえることができん。
 そのうちに、不思議なところへきてしまった。目の前に立派な御殿(ごてん)がたっている。
 「これは妙だぞ。川の中に御殿があるとは」
 与平は夢を見ているような気がした。
 いつの間にか鯉の姿は見えなくなっておった。
 「鯉のやつ、この中へ逃げ込んだな」
 与平は、少し開いた御殿の門をくぐった。とたんに、頭がクラクラして気が遠くなった。
 どれくらい時間がたったものか、ふと気がつくと、立派な部屋の中に寝(ね)かされておった。
 「いったいどうしたというんだ。こんな部屋にいるなんて……。そうだ、銀色の鯉だ。その鯉を追っていると、川の底に御殿があって、そこで……」
 こう考えていると、戸が音もなく開いて、一人の女が近づいて来た。今まで見たこともない、それは美しい顔をした女だったと。 

 
 女は、与平のそばに来ると、こう言った。
 「ここは、人間の来るところではありません。今日は知らずに来たのですから許してあげますが、二度と近づくのではありませんよ。このことを人に話しても命を無くしますよ。」
 与平はだまってうなずくと、また気が遠くなって、次に気がついたら、元の川っ淵(かわっぷち)だったと。
 与平はあわてて着物を着ると、気を落ち着かせるために煙草を吸い始めた。ところが段々恐(おそ)ろしくなって手足が震(ふる)えて止まらない。つい、煙管を川の中に落としてしまった。
 「しまった。借り物の煙管なのに」
 すぐに川へ入ろうとした与平の耳に、川底にいた女の言葉が響(ひび)いた。
 「二度と近づくのではありませんよ。命を無くしますよ。」

 
 次の日、与平は新しい煙管を買って返しに行った。
 「わしが貸したあの煙管でないとだめだ。落とした所が分かっているのなら、すぐ拾ってこい。拾えないわけがあるなら、それを話せ」
 与平は、仕方なく、もう一度川の中に入ることにした。


 川底をあちこち探し回っているうちに、あの御殿の前に出た。門のすき間からのぞくと、庭先に煙管が転がっている。
 そっと入って、煙管を拾い上げ、あわてて帰ろうとすると、目の前に、あの女が立っておった。
 「あれだけ言っておいたのに、また来ましたね」
 女はこう言うと、あのお姫様のようだった美しい顔が、段々に老婆(ろうば)のような醜(みにく)い顔になっていった。
 そして、細いしわだらけの手を首にのばした。
 与平は身動き出来んのだと。
 与平の死体が上がってから、この淵(ふち)のことを、村人たちは「与平あな」と呼ぶようになったそうな。
 
 「与平あな」は富田川の下流、※2平(たいら)というところにある。
 

※2 現在の 和歌山県西牟婁郡白浜町平(ニシムログン シラハマチョウ タイラ) になります。  
 

「川姫」のみんなの声

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