お嫁さんがさらわれたときは、大丈夫かなと思ったけど結果大丈夫でした。
― 鳥取県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭
昔、あるところに山(やま)の家(いえ)があって、猟師(りょうし)と嫁さんが一匹の犬と暮らしてあったそうな。
ある日、猟師が犬を連(つ)れて猟に出かけた留守(るす)に、家の外がワサワサと騒(さわ)がしくなったと。
嫁さんが、「何じゃろな」というて外に出てみたら、たくさんの猿たちが家をとり囲(かこ)んでおった。「きゃっ」と叫(さけ)んで、あわてて家(いえ)の内(なか)に戻(もど)ろうとしたら、でっかな親分猿に捕(と)らえられた。嫁さんは、猿たちの棲み家(すみか)のある奥山(おくやま)へ、さらわれてしまったと。
漁師が猟から帰ってきたら、家には嫁さんの姿がない。いっくら呼んでも出て来ん。
「はて、妙だな」
と思うて調べてみたら、そこいらじゅうに獣(けもの)の足跡(あしあと)がついている。
「こりゃ猿の足跡だ。しかもこんなにたくさん。さては猿どもに連(つ)れ去(さ)られたか。こりゃおおごとだぁ」
漁師は鉄砲(てっぽう)を持って、犬を連れ、山の奥へ奥へと分(わ)け入(い)った。
猿の移動はワタリといって、木から木へ渡って行くのだが、猟師は猿のワタリの道を識(し)っておったと。
いくがいくがいくと、猿の家があって、猟師の嫁さんは独人(ひとり)座(すわ)って縫(ぬ)い物をしておった。あたりに猿のいる気配はせん。
「よかった、無事だったか。さあ帰ろう」
「いや、もうすぐ猿が戻ってくる。逃げる暇(ひま)は無いけえ、急(いそ)いでアマダへ隠れておくれ。なんぼあんたが鉄砲持っていても、あれだけの数の猿にはとてもかなわないから」
アマダというのは中二階(ちゅうにかい)の物置(ものおき)のことで、猟師をアマダへ押しあげると、もうそこへ、わやわやと猿の声が聞こえてきたから、犬には餅搗き臼(もちつきうす)をかぶせておいた。
猿の親分は、戻ってくるなり、
「どうも人間臭いぞ。誰(だれ)ぞ来(こ)りゃせんだったか」
というて、そこいらじゅうを嗅(か)いで回ったと。
「いや、人間なんぞ、来やしません」
「ほんならどうしてこげな匂いがするのかのう。おい、誰か占(うらな)いさんを呼んでこい」
「へい」
子分の猿がすぐに走って行って、三本足の占い兎(うさぎ)を連れてきた。
三本足の占い兎は、錫杖(しゃくじょう)をジャラジャラ鳴らして占ったと。親分猿が、
「占いは、何と出た」
ときいたら、三本足の占い兎は、
「ポンと放(はな)てば親猿とられる。搗き臼倒せば子猿がとられる。油断をすりゃあ自分もとられる ― と出た。もうここは恐いけぇ、帰らせてもらいますで」
というて、逃げるように帰って行った。
猿の親分は、囲炉裏(いろり)の横座(よこざ)に座って、
「― ポンと放てば親猿とられる ― とは何のことなら。うーん」
と考えこんだと。
アマダに隠れていた猟師は、その親分猿をねらって、鉄砲をポンと撃(う)った。
それが合図(あいず)のように、すかさず、嫁さんが搗き臼をひっくり返した。犬がとび出て子猿に噛(か)みついた。
この出来事に他の猿たちは、たちまち逃げ散ったと。
隠れていた猟師と犬は、逃げる猿たちを威(おどか)してから嫁さんの元へかけ寄った。嫁さんは、
「よかったぁ。猿に命をとられるかと思うとった」
いうて、猟師に抱きついたと。
「さて、この猿めをどうしてくれようか。大きなやつだから、とても運べんぞ」
「肝(きも)は薬になるっちゅうから、それだけ持ち帰りましょう」
漁師と嫁さんと犬は、親分猿の肝を土産に家に帰った。それからのちは、何事(なにごと)もなく、しあわせに暮らしたと。
むかしこっぷり。
お嫁さんがさらわれたときは、大丈夫かなと思ったけど結果大丈夫でした。
「猿に盗られた嫁さん」のみんなの声
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