― 徳島県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭
むかし、ひとりの馬方(うまかた)が荷馬車をひいて、夕暮(ぐ)れ時の山道を村の方へ帰っていたと。
「いま時分は、ここいらへんは狸(たぬき)が化けて出るって聴(き)いとったんじゃが……」
と、用心しながら歩いていたら、案(あん)の定(じょう)、
「もし、もし」
と、優(やさ)しい声がかかった。
見ると、薄(うす)明かりの中にきれいな姉さんが立っている。
「はぁ、出やがったぞ。それにしても狸め、相手が男とみるや、必ず姉さんに化けやがる。他に何ぞ出方を知らんのか。工夫のない畜生(ちくしょう)だ。ようし、見とれ」
馬方は、いきなり、でっかい声で、
「ワッハッハッ。よしやがれ。わしは屋島(やしま)のはげっちゅう古狸やぞ。わしの前では、ほの下手くそな化け方は何なら。ほれ、キョロキョロしとう眼(まなぐ)はタノキの眼じゃ。ほれほれ、ほの足はタノキの足じゃ。このわしをようく見ぃ。ほんものの馬方そっくりじゃろ」
というてやった。
きれいな姉さんはドキリとした様子だ。声がガラッと変わったと。
「なんや、屋島のはげさんかい。これはおみそれした。なるほど、見れば見るほど馬方によう似とる」
馬方は、今度ぁ馬の腹(はら)を叩(たた)いて、
「感心するのはまだ早い。この馬を見な。同じ化けるんなら、これぐらいにならんといかんぞ」
というと、腰(こし)から煙管(きせる)を抜いて、わざとゆっくり、スッパ、スッパやりだした。
「いやぁ、大したもんやなぁ、わいにもひとつ、うまい化け方を教えてつかい」
姉さんは、慣(な)れ慣れしく側へやってきた。
「よしきた。ほんなら化け方の極意を教えたるきに、わしの言うとおりにせんといかんぞ」
馬方は、まぐさを入れる大きな袋(ふくろ)を持ち出してくると、
「先(ま)ずは、こん中へ入っとれ」
というた。
姉さんは、のこのこ袋の中へ潜(もぐ)り込(こ)んだ。
「おい、極意ちゅうもんはな、ちいっと苦しいけんど、辛抱(しんぼう)せいよ」
といいおいて、袋の口をしばり、それから袋の胴(どう)をふんじばった。
「おぉい、屋島のはげさぁん。痛(いた)いぞ、痛いぞ。もちいっとやんわりに極意を教えてくれんもんかいな」
袋の中で姉さんはドタバタしとったが、馬方が、力まかせに袋を締(し)めつけたもので、とうとうのびてしまったと。
その晩(ばん)げ、馬方の家には村の人が集まって、狸汁の御馳走(ごちそう)に舌鼓(したつづみ)を打ったと。
むかしまっこう 猿のつびゃあぎんがり ぎんがり。
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「化かされ狸」のみんなの声
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