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さるまさむね
『猿正宗』

― 静岡県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭

 昔、九州(きゅうしゅう)のある大名家(だいみょうけ)の飛脚(ひきゃく)が二人、江戸屋敷(えどやしき)への大切な手紙を持って東海道(とうかいどう)を旅していたと。
 その道中のこと、駿河(するが)の国は興津(おきつ)の宿(しゅく)、今の静岡市(しずおかし)清水区(しみずく)を朝のまだ暗いうちに立って、さった峠(とうげ)に差しかかった。


 何気(なにげ)なく磯(いそ)の方を見ると、一匹(いっぴき)の大きなタコが猿(さる)を海の中へ引きずりこもうとしていた。
 
 猿は岩(いわ)にしがみついて、引きずりこまれまいと必死(ひっし)だと。二人は、
 「助(たす)けてやろう」
 「よし」
言うて、石を投(な)げつけたがタコは平気の平左(へいざ)だ。

 
 二人が磯(いそ)へ走って荷(に)を置(お)き、脇差(わきざ)しを抜(ぬ)いて斬(き)りつけると、タコはようやく猿を放(はな)して海の中へ潜(もぐ)って行ったと。
 助かった猿は二人のそばへ来た。
 「おい、危(あぶ)ないところだったな」
 「よかったな」
と声をかけたら、猿は二人の脇をすり抜けて、置いてあった荷物(にもつ)のうち御状箱(おじょうばこ)だけを盗(と)って、たちまち峠(とうげ)の上へ走り去(さ)ったと。二人は、
 「やや、あの恩(おん)知らずめが。こともあろうに命(いのち)よりも大切な御状箱を盗(ぬす)みよる」
 「やい待て、待て待てえ」
言うて、猿を追(お)いかけたが、あれよという間に猿の姿は見えんようになったと。
 二人は、御状箱が無くなっては旅を続けるわけにもいかず、ここで切腹(せっぷく)するか、江戸へ着いてから切腹するかと、思案(しあん)に暮れて峠の中ほどにへたりこんでいたと。
 すると、峠の上の方に先程(さっき)の猿が現(あら)われた。


 「や、いた」
 「おう、確かにあの猿めだ」
 猿は、御状箱と何か長い薦包(こもづつみ)のようなものを抱(かか)えてこっちへやって来るふうだ。二人のそばへ来て、その二品を前に置いた。二人が、
 「まずまず大切な御状箱が無事(ぶじ)に戻(もど)ってきたのは大安心」
 「いまひとつの方は何であろうか」
言うて手にとると、猿はキキッと嬉(うれ)しそうに鳴(な)いて、後(うしろ)を振(ふ)り返り振り返り帰って行ったと。
 それを見た二人は、猿が御状箱を盗って行ったのは、御礼(おれい)の品を持って来る間稼(まかせ)ぎだったかとようやく気がついた。
 「りこうな猿じゃあ」
言いながら、その薦包を開いてみたら、白木(しらき)の棒鞘(ぼうさや)におさまった一振(ひとふ)りの刀(かたな)であった。

 
 二人はそれを持って旅を続け、江戸に着いたと。
 刀を目ききに見てもらったら、なんと、五郎正宗(ごろうまさむね)の名刀(めいとう)であったそうな。
 二人は殿様(とのさま)に献上(けんじょう)したと。殿様は大層(たいそう)喜んで、二人の飛脚にたくさんのご褒美(ほうび)を下されたと。
 その名刀は“猿正宗(さるまさむね)”と名付けられて、その大名家の宝物(たからもの)に加(くわ)えられたそうな。

  めでたし めでたし。

「猿正宗」のみんなの声

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楽しい

私も困っている猿を助けて殿様から褒美を貰う。( 10歳未満 / 女性 )

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