― 埼玉県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、あるところにひとりの爺(じ)さまがおった。爺さまは畑に豆をまいた。
秋になって、たくさんの豆がなった。爺さまはそれを刈(か)り取って束ね、束ねては立てかけて、畑に干しておいたと。
ある朝、畑を見廻(みまわ)っていたら、干してある豆の束が少なくなっているようだ。
次の日、また畑に行ってみたら、豆の束がまた少なくなっていた。
「だれが盗(ぬす)んだんだべ」
爺さまは、豆泥棒(まめどろぼう)はきっと夜中に来てるんだべな、と思って、夜中、畑で豆の束を身にまとって見張ったと。
夜も更けて、夜露(よつゆ)にぬれたころ、畑にわざと散らかしておいた枯れ葉が、ガサガサッと音をたてた。
「来たな」
爺さまは、身も心もひきしめて、息をつめていたら、枯れ葉を踏(ふ)むカサッ、コソッという音がだんだんと近づいて来て、何と身をひそめている爺さまのまん前で止まった。
頭にかぶった豆の束のすき間から目をこらして見たら、そこにはやせた狐(きつね)が疑(うたが)わしそうな眼(なまこ)で、爺さまの匂いをかいでいた。
爺さま、豆の枝の間からいきなり手を出して狐の首根っこを掴(つか)まえた。
「こら!!この豆泥棒!!毎日、豆が無くなると思っていたら、お前(め)が盗(と)っていたんかい。捕(つか)まったが運のつき。狐汁(きつねじる)にしてくれる」
と言うて、狐をしばろうとした。そしたら狐は、
「爺さま、爺さま、堪忍(かんにん)。どうか堪忍してけれ」
と言うて、小っさい手を合わせた。
「捕まってからあやまっても、遅いわい」
「爺さま、私はどうなっても仕方ありません。でも、でも、実は私の家には五匹の小さい子供がいるんです。突然私までが居なくなったら、あの子たちは死んでしまいます」
「なんとな。お前、五匹の子供の母狐か」
「はい」
「父狐はどうした」
「この夏の終わり頃、食べ物をさがしに出かけたっきり帰って来ません。きっと、野犬(やけん)か猟師(りょうし)に捕(と)らったのでしょう」
「なんとな。そんなら、わしとこの豆は、その子たちの……」
「はい。秋になったら、食う物なくなって、毎日毎日腹へったァ、腹へったァって、食べ物ねだりばかりするもので、悪いこととは知りながら、つい、すみません」
「ン、まあ、いいわい」
爺さま、母狐の首根っこ掴まえていた手をはなしたと。
「これ、持ってけ」
と言うて、豆のひと束やったと。母狐は喜んで、手を合わせたと。
「明日、爺さまのどこさ来て、いい物に化けますから、それを町さ持ってって売って、豆の代金に当てて下っせ」
と言うて、豆の束をくわえて、どこかへ消えた。
次の朝、母狐は約束どおり爺さまの家にやって来た。
「爺さま、今、私ァ太鼓に化けるから、町で売って下っせ」
と言うて、くるりとでんぐり打ったら、よさげな法華(ほうけ)の太鼓になった。
爺さま、ためしに叩いてみた。そしたら、
〽めでためでたの若松さまよ。
ハァー、オッポコポンノポン
と鳴った。もひとつ叩いたら、
〽梅の花こもひとさかり、桜の花こもひとさかり。
ハァー、オッポコポンノポン
と鳴った。
爺さま、ええ太鼓だ言うて、町へ売りに行った。
「太鼓いらんかあ。めでたい太鼓いらんかあ」
と呼ばいながら、太鼓を叩いて歩いた。
〽めでためでたの若松さまよ。
ハァー、オッポコポンノポン
〽梅の花こもひとさかり、桜の花こもひとさかり。
ハァー、オッポコポンノポン
と鳴るのが珍しいから大人も子供も集まって、あとからぞろぞろついてきた。そしたら、ある分限者(ぶげんしゃ)が十両で買ってくれた。爺さま、おおもうけしたと。
分限者は、家で酒を呑みながら面白がって太鼓をポンポン叩いた。狐は、あまりに叩かれたので、痛いは、のどがかれるは、散々だ。そのうち、ポンと叩かれても、
〽めでた
がやっと。また、ポンと叩かれて、
〽梅の
しか出なくなった。そしたら分限者は、
「叩きすぎて皮がゆるんだかな。太鼓の皮は、酒でしみらせて干せば元の張りのある音が出るようになるっちゅうからな」
と言うて、口に含んだ酒を、プーと吹きつけた。狐は叩かれたところに酒がしみて、涙流した。
分限者は二階の欄干(らんかん)の日陰に太鼓を干した。太鼓はあたりを伺(うかが)って、誰も居ないスキに狐の姿に戻り、欄干から飛び下りて、山で待っている五匹の子狐のところへ急いで帰って行ったと。
おしまい ちゃんちゃん
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むかし、あるところに商人の番頭さんがおったと。「俺もそろそろ嫁ごを貰わんとならんが、どうせ貰うんなら美しい嫁ごが欲しいものだ」そう考えて、毎日毎日、あちらこちらと商売に行っていたら、あるところで、「惚れ薬」があるという耳よりの話を聞いたと。
「狐の恩返し」のみんなの声
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