― 大分県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭
むかし、豊後(ぶんご)の国、今の大分県(おおいたけん)臼杵市(うすきし)野津町(のつまち)大字(おおあざ)野津市(のついち)というところに吉四六(きっちょむ)さんという面白い男がおった。
ある日のこと、吉四六さんにしては珍(めずら)しくすることがなくて、縁台(えんだい)に腰(こし)かけていた。
空には鳶(とんび)が輪(わ)を描(か)いて、ピーヒョロ、ピーヒョロ啼(な)いちょるし、
「のどかすぎて、どうもつまらん」
言うていたら、通りを向(む)こうから魚売(さかなう)りがやってきた。
魚売りは魚桶(うおおけ)を下(さ)げた両天秤(りょうてんびん)を肩(かた)に担(かつ)ぎ、ひょいひょい調子(ちょうし)をとりながら、
「エー、サカナ、サカナ。イキノイーサカナはいらんなあ」
言うて、吉四六さんのところへさしかかった。
「今日は、何ぞいいのがあるかや」
「へい、まいど。いろいろあるき」
魚売りは桶を下(お)ろし、フタをとって中を見せた。
そしたら、いきなり鳶が空から降(お)りてきて、魚を掴(つか)み、あれよという間に飛んで行ってしまった。魚売りが、
「おのれ、この大盗人(おおぬすっと)め」
と追(お)いかけたが、相手が鳶ではどうもならん。ハアハア言いながら戻(もど)ってきた。
「油断(ゆだん)も隙(すき)もあったもんじゃないのう」
「ほんまに憎(にく)いやっちゃ。どがいぞしてあやつを捕(と)らえたいもんじゃ。吉四六どん、何ぞいい知恵(ちえ)はないかや」
「相手(あいて)が人なら何とでもなるが、鳶ではのう」
「俺(お)りが鳶になれたらなあ。空高(たこ)う舞(ま)い上がって、あいつをいいようにつついてやれるんじゃが。ええい悔(くや)しい」
これを聞いた吉四六さん、からこうちゃろと、たちまちいい思案(しあん)が浮(う)かんだ。
「鳶になぁ……あ、そうじゃ。あ、いや、まさかのぉ……」
「何な、吉四六どん。己(おのれ)だけで問答(もんどう)せんと、教(おし)えてくれえな。何ぞいいやりかたあるんか」
「うーん。いや何ぼ何でもなあ」
「教えてえな。早う」
「しかし、のう……」
「この魚、ひとつやるきに、さあ」
「と言われても、どうもなあ」
「ええい、もう一匹(いっぴき)つける、ほれ」
「気が進(すす)まんが、それほど言うのなら。いやな、他(ほか)でもない。ここの鎮守様(ちんじゅさま)な、正直者(しょうじきもの)にはよう願いを叶(かな)えてくれるっち、評判(ひょうばん)なんじゃ。お前(め)の願いならっち、ちらっと思うたんじゃが、しかし、いくらなんでも人が鳶になれるもんじゃろか」
こう言うて吉四六さん、魚売りの顔をのぞきこんだと。
「正直者の願いは叶うんか、そうか……願うてみるかな。溺(おぼ)れる者は魚(うお)をも掴(つか)むっちゅうやつだ」
「そりゃ、魚じゃなくて藁(わら)じゃろ」
「そうとも言うが、俺りゃ、魚屋じゃ。とりあえず、こん魚を急いで売りさばいてくる」
というて、吉四六さんに魚を二匹あげて、残(のこ)りを売りに行ったと。
「さあ面白(おもしろ)うなった」
にんまりした吉四六さん、頃合(ころあ)いを見計(みはか)らって鎮守様の裏手(うらて)に回って待っていたら、魚売りがやってきた。
鎮守様にお参(まい)りして、
「俺りは正直に生きてきちょった。それは鎮守様がよう知(し)っておられまっしょ。どうぞ一遍(いっぺん)だけ俺りを鳶にしてくり」
と、大きな声で願掛(がんか)けをはじめた。
吉四六さんが鎮守様の裏手から、声色(こわいろ)を遣(つこ)うて、
「わしは鎮守神(ちんじゅがみ)なるぞよ。これ魚売り、正直者のお前の願いを叶えてやるぞよ。ここの一等(いっとう)高い木に登って飛んでみよ」
と言うた。
これを聞いた魚売りは大喜(おおよろこ)びだ。
早速(さっそく)、一番高い木のてっぺんあたりへ登った。
登ってはみたものの、高いところから見下ろすと、足がすくんで飛ぶどころではない。
その様子(ようす)を見た吉四六さん、木を見上げて、
「ありゃ、あそこに太(ふっと)い鳶が止まっちょる」
と、指差(ゆびさ)して言うた。
魚売りが上から見下ろして、
「おお吉四六どん、俺りじゃ、俺りじゃ」
と言うたら、
「おう、鳶がピーピー、よう啼いちょる」
と、また指差した。魚売りは、
「俺りが俺りを見ても俺りにしか見えんが、他人(たにん)が見たら鳶に見えるんか。ちゅうこつは、俺りはもう鳶になっちょるんか。よし」
言うて、両腕(りょううで)を大きく広げて、鳶が羽(は)ばたくように大空へ向かって飛び上がった・・・・・・つもりが、ドッシーンと地面(じめん)に落(お)ちて、のびてしもうた。
「こりゃいけん。いたずらが過(す)ぎた」
胆(きも)を冷(ひ)やした吉四六さんは、あわてて駆(か)け寄(よ)って、
「俺りが悪(わる)かった。勘弁(かんべん)してくり」
と、魚売りのほっぺたを叩(たた)いたり、身体(からだ)をさすったりした。ようやく息(いき)を吹(ふ)きかえしたと。
「やあ、よかった、よかった」
と言うて、ポンポン叩いたら、ぼんやり周囲(あたり)を見回した魚売りがこう言うた。
「俺りの身体を叩いちゃいけん。羽(はね)が折(お)れるきに」
もしもし米ん団子(だんご)、早う食わな冷(ひ)ゆるど。
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むかしあったと。 ある家の父、毎日働かなねであったと。 毎日毎日、火ノンノンとたいて、こっちの肋あぶれば、また、こっちの肋あぶる。今度ァ背中あぶるって、そやってばしいであったと。 ある時、 「貧乏の神、貧乏の神、火ィあたりに来いでぁ」 と言ったと。
「吉四六さんと鳶と魚売り」のみんなの声
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