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たこくばりちょう
『蛸配り帳』

― 新潟県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭

 むかし、新潟県(にいがたけん)の佐渡島(さどがしま)では、ときどきとてつもなく大っきな蛸(たこ)が浜辺(はまべ)にあがってきては、馬(うま)にからみついたりして、悪(わる)さをしたそうな。
 あるとき、大佐渡(おおさど)の男が馬をひいて相川(あいかわ)という賑(にぎ)やかな町まで買い物に出たと。

 何(なに)や彼(か)や用(よう)を足(た)しているうちに日が暮(く)れてしまった。
 「あい、仕方無(しかたね)。今夜は相川泊(ど)まりにすべ」
 男は馬を浜辺りの草地(くさち)へひいて行くと、柵(さく)に手綱(たづな)をつなぎ、
 「アオよ、今晩はここでおとなしくしとれよ。明日の朝間(あさま)にゃ来るからな」
というて、町へ泊まりに行ったと。


 朝になって、昨日(きのう)馬をつないだ浜辺りの草地へ行ったところが、馬がおらん。柵には、手綱の切れ端(はし)がぶらさがってあり、地面にはよほど馬があばれたと思われる跡(あと)が残(のこ)っていた。

 「こら、おおごとだ」
 男は魂消(たまげ)て、
 「おーい、アオやぁい、おーい、アオやぁい」
と、さがしてまわったと。海辺にはおらん、町中にも見た者(もの)はおらん。あとは山側(がわ)だなと駆(か)けて行ったら、山道の上の方から人のざわめきが聴(き)こえてきたと。
 はっとして耳を澄(す)ますと、叫(さ)かぶ声、笑(わら)う声に混(ま)じって、ヒヒーン、ヒヒーンという馬のいななきも聴こえてきた。
 「アオだ」
 男は、その声をたよりに山道を駆け上がった。そしたら、人だかりがあって、その真ん中にアオが目を剥(む)き、口から泡(あわ)を吹(ふ)いて暴(あば)れまわっておった。


 なんと、馬の背中(せなか)に大っきな蛸が乗っかっている。
 蛸は四本の脚(あし)を馬の腹(はら)にまわして締(し)めつけ、二本の脚を馬の首(くび)にからめて手綱にし、二本の足を鞭(むち)のようにして馬の尻(しり)を叩(たた)いていた。男は、
 「おうい、お前(め)ら、笑っとらんで手助(てだす)けしてくられえ。そりゃ、おらの馬なんじゃ」
といいながら馬に駆け寄(よ)り、蛸に取(と)り付(つ)いた。

 見物人(けんぶつにん)たちも、笑うのを止(や)め、棒(ぼう)やら鍬(くわ)やら鋤(すき)やらでてんでに蛸を叩いたので、ようやく蛸は馬から離(はな)れたと。
 この蛸を捕(とら)えてみれば、並(なみ)はずれた大きさだ。脚の長さが一間半(いっけんはん)もあったと。皆で浜辺に大鍋(おおなべ)を据(す)えて煮たら、茹(ゆ)であがった大蛸は、十人や二十人ではとてもとても食いきれない。そこで相川の町中の家に、一軒(いっけん)一軒、配(くば)って歩いたと。


 そのとき配った家の控(ひか)え帳(ちょう)が、何でも明和(めいわ)の頃(ころ)まであったという。帳面(ちょうめん)の表紙(ひょうし)には『蛸配(くば)り帳』と書いてあったと。

 佐渡の一番北の海府(かいふ)の海辺でも、馬に吸いついた蛸があり、村人達が鍬や鎌(かま)で打(う)ち殺(ころ)したことがあったそうな。そのときの蛸の吸盤(きゅうばん)がひとつ残ってあって、それを盃(さかずき)にしてみたところ、酒一升(さけいっしょう)、らくらく注(そそ)げたと。

  いちごさっけ。

「蛸配り帳」のみんなの声

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