― 新潟県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
むかし、むかし、あるところにひとりの貧しい若者がおったと。
ある冬の寒い日のこと、
若者が山へ柴(しば)を刈(か)りに行くと、鶴が一羽、パタラパタラ、落ちるように降りてきた。
そして、飛びあがろうとしてはよろめき、よろめいては羽ばたいて、若者の側(そば)へ来た。 力(ちから)つきてうずくまった鶴をよくよく見たら鶴は羽のつけ根に矢を射られて苦しんでいるのだったと。
「おお、かわいそうに。これでは飛ぶにも飛べないな」
若者は周囲(あたり)を見わたしたが、猟師の姿は見えなかった。いそいで矢を抜いて、傷口を持っていた竹筒(たけづつ)の水で洗ってやり、
「ちょっと待っとれよ」
というて、とある草を探し、見つけて、その草の葉の絞り汁を傷口になすりつけてやったと。
「さあ、もう大丈夫だ。これからは猟師の近くへは近寄るんじゃないぞ」
というて、放してやったと。
鶴は、若者の頭の上を三遍、輪を絵画くように飛んでから、
「カウ」
という、ひと声残して、空高く飛んで行ったと。
しばらくたったある晩、若者の家の戸を、ホトホト、ホトホト、と叩く者があった。
「はて、こんなに凍てつく晩、外を歩いている人なんぞあるんかな。誰だい」
といいながら戸を開けたら、戸口に見たこともない美しい娘がひとり立っていた。
寒風(さむかぜ)がビューッと吹き込んで、若者は思わず身を縮(ちじ)こめた。
「おお寒ぶ、そんなところへ立っていないで、内(なか)へ入って」
というて、娘を引き入れ、戸を閉めた。
「あんたさん、どなたでしたか」
と聞いたら、娘は、
「すみませんが、今晩ひと晩泊めて下さい」
という。 若者は、旅の途ちゅうで行(い)き暮(く)れた娘かな、と思うて、気の毒になり、泊めてやったと。
娘は次の日も、その次の日になっても若者の家にいて、旅立つ気配がない。
若者も、毎日、仕事から帰ってみると夕餉(ゆうげ)が出来ているし、家の中は掃除されてきれいになっているし、別段、旅立ちを急(せ)かせもしなかった。
そうして日が経(た)ったある日、若者が柴(しば)を集めて山から帰って来ると、娘はニコとほほえんで、
「お疲れさま」
というて、やさしく出迎え、
「わたしは、あなたの嫁ごでございます」
という。若者が、
「からかっては困ります。おれは貧乏で、己れ一人の口を養うのが精一杯(せいいっぱい)。今(いま)嫁ごを迎えたりしたら、すぐにでも食べる物にこと欠(か)くありさまだ」
というたら、娘は、ちょっと小首(こくび)を傾(かし)げて
「それは心配いりません。私にいい思案があります」
というた。
「そうか。そんなら、お前さえよかったらおれはありがたいくらいだ」
というて、承知して、二人は夫婦(みようと)になったと。
次の朝になって嫁ごは、若者に、
「わたしに、機織場(はたおりば)を建(た)ててください」
と頼んだ。若者は建ててやったと。
すると嫁ごは、
「これから錦(にしき)を織ります。どうか七日の間、決して中を見ないで下さい」
といい、若者に固(かた)く約束させた。
それからというもの、朝から晩まで、キッコバタン、キッコバタンと機(はた)を織るおさの音が鳴りつづいた。
若者は、嫁ごに約束した通りのぞき見しなかったと。
七日が過ぎた。キッコバタン、キッコバタンという音が止み、嫁ごが機織場から出てきた。
「この錦を、明日(あした)は殿様のところへ持って行って、売ってきて下さい。『この世にこれしかない錦』といえば、千両で売れるでしょう」
「これが千両になるのか」
若者は一両すら持ったことがないのでびっくりした。
次の日、殿様のところへ行くと、嫁ごのいう通り、千両で買うてくれた。そして、
「もう一反織ってまいれ」
といいつけたと。
若者は、千両持って家に帰ってくると、殿様の命令を嫁ごに伝えた。嫁ごは、
「もう一反織れますかどうか。でも、あなたの命があぶないというのなら、もう一度機織場に入ってみましょう。前と同じように、どうか七日の間、決して中を覗かないで下さい」
といいおいて、機織場にこもったと。
そしてまた、キッコバタン、キッコバタンという機を織るおさの音が鳴りつづけた。
七日目、若者は、
「糸も無しに、どうやってあんなきれいな錦を織るのだろう」と思うと、中を見たくて見たくてたまらなくなった。それで、そおっと機織場の中を覗いてみた。
そしたらなんと、そこには嫁ごの姿はなく、一羽の鶴が己れの羽を一本抜いては織りこみ、また一本羽を抜いては織りこんでいた。もうほとんど抜くべき羽もなく、全身赤むけだった。
間もなく嫁ごは、ひどくやつれて機織場から出てきた。若者の前に錦を差し出し、
「ようやくこの錦を織りあげました。ですが、あれだけ約束したのにあなたは覗いてしまいました。わたしの正体を見られたからには、もうここにはおられません。わたしは以前、あなたに助けてもらった鶴です。ご恩返しをしよう、優しいあなたのお側にいたい、ふたつのおもいで人間に化身(けしん)しておりました。短い間でしたが、たのしい毎日でした」
というと、家の外へ出て行った。一声大きく、
「カウ」
と鳴いたら、どこからともなく、たくさんの鶴が飛んできて、嫁ごの鶴を包みこむようにして空へ舞い上り、はるかかなたへ飛び去っていったと。
いちごさけぇた なべの下ガリガリ。
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むかし。相模湾の三ツ石の沖にサメの夫婦が住んでおったと。夫婦は、ここへ漁師の舟が来ると追い返しては、子ザメを守っておったと。「三ツ石へ行くでねぇ。主のサメにおそわれるぞ」と、漁師たちは、この沖を地獄のように恐れて近寄らなかったと。
「鶴女房」のみんなの声
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