― 長野県上伊那郡 ―
語り 井上 瑤
手記 「ねんころねむの木」 手塚 秀男編
整理 六渡 邦昭
ここは信州上伊那(しんしゅうかみいな)の川島村(かわしまむら)というがな、
あれは儂(わし)のまだまだ子供の頃だった。村に一人暮らしの爺様がいてな、村の人はこの爺様のことを、「ホー爺(じい)」と呼んでた。
ホー爺が春早く粟(あわ)をまく畑をさくりに行った。
「もうそろそろ昼だ、むすびでも食べるとするか」
と独り言を言いながら、腰に着けていたおむすびの包をとって土手の芝原(しばっぱら)に腰をおろし、風呂敷包みを開いた。
どれ食べよう、と手に取って見て驚いた。
むすびは、石になっていたと。ホー爺は、
「こりゃやられた」
と言って、家に帰ってからお昼を食べたそうな。
ホ―爺は、次の日もその畑へ行って仕事をした。腰が痛くなるほど鍬(くわ)を振り下ろしていたら、いつの間にか夕方になっていた。
「ほう、もうこんな時分か、帰らにゃぁ」
と言って鍬をつかんで畑を出ようとすると、そこは土手で出られねえ。
右へ行っても、左へ行っても土手で、どうにも出られねえ。
ホー爺は、やられたな、と気がついた。で、肩にかついだ鍬を
「どっこいしょ」
と、大きな声で足元の土に振りおろした。
すると、でっかい狐が足元から飛び出してもんどり打って畑の向うの藪(やぶ)の中へ逃げたと。
そのとたんに、あたりの夕景色(ゆうげしき)が昼間の明るさに変って、ホー爺は畑の真中に立っていたそうな。
ホー爺は、その次の日もまた同じ畑で仕事をしていた。
すると旅の人が来て、
「こんにちは」
と言って道端の土手の石に腰をかけて休んだので、ホー爺も土手に腰をおろして一ぷく吸うことにした。
旅人は袂(たもと)から紙に包んだものを取り出して、
「こんなものだが、おあがり」
といって、ホー爺の膝の上に置いて、
「それじゃあ」
と言って行ってしまったそうな。
ホー爺は、何をくれたのかなぁと思って手に取ってみると、それは枯れた木の葉に包んだ小さい石ころだったそうな。
家に帰ってから、近所の人に、この三日間のことを話したら、
「三度も同じ所で化かされたなんて、ホー爺もしっかりしなけりゃ駄目だぜ」
と笑われたと。
ある日、誰かがホー爺に、
「狐の嫁様でも世話をしてやるか」
と言うと、ホ―爺は、
「馬鹿にしんな、狐の嫁とるくれえなら、独りでなんかいるものか。今に見てろ、良いばあさんに来てもらうでな」
と言って笑っていたが、いつの頃からか、ホー爺の家に婆さんがいるようになった。
近所の人は不思議に思ったが、ホー爺はいつものように働いている。その内、近所の人も、あまり気にしなくなっていた。
ある日の夕方、隣りの子供が、
「今、ホー爺の家へ、でっかい犬のようなものが入って行った」
と言うので、隣りの人はホー爺の家をのぞきに行った。が、家の中には何もいねえ。
「どうも、なにかおかしい」
と思って、家のまわりを回ってみると、土台の下に穴が掘られていた。
隣りの人は、早速わなを作ってその穴の所に仕掛けておいた。
すると、でっかい古狐がかかったと。
ホー爺は、うまい物はみんな狐に食われて、自分はすっかり痩せほろけてしまったそうな。
昔はな、水上(みなかみ)竹ノ沢(タケンザワ)あたりには狐がいてな、よく人を化かしたもんだ。今はたんといなくなったがな。
それっきり。
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むかし、むかし、あるところに獺(かわうそ)と狐(きつね)があって、道で行き合ったと。狐が、 「ざいざい獺モライどの、よい所で行き合った。実はこれからお前の所さ話しに行くところだった」 というた。
「ホー爺さん」のみんなの声
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