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かみなりのやくそく
『雷の約束』

― 三重県 ―
語り 平辻 朝子
再話 六渡 邦昭

 雷(かみなり)が鳴(な)ると、夏から秋へと装(よそおい)も変わっていきますね。
 昔から各地に“雷が落ちない村”という所がありますが、その多くが「桑(くわ)」という字がつく土地です。その理由(わけ)というのは、その昔、雷が雲(くも)を踏みはずして下界(げかい)に落ちたら、そこが桑原(くわばら)という所で、桑の木に掛かっていた草刈り鎌(くさかりがま)で怪我(けが)をして懲(こ)りたからここには落ちないとか、桑の木には天から見えない糸が垂(た)れ下がっていて、落ちた雷はこの糸を伝わって空に帰る、とか色々言われています。
 雷が鳴ったとき、「クワバラ、クワバラ」と称(とな)えるのは、このことを雷に思い出させる為なのですね。 
 ところで、三重県(みえけん)の桑名(くわな)にも、雷の落ちない村というのがあります。
 その桑名の赤須賀(あかすか)という漁師町(りょうしまち)に伝(つた)わるお話をしましょう。


 むかし、むかしのことや。
 ある年の夏のこと、海の向こうに大(お)っけな入道雲(にゅうどうぐも)が湧(わ)き立って、大雨を降らせながらぐんぐんこっちへのびてきよったそうな。
 「潮風(しおかぜ)で肌がべとついとるから、丁度(ちょうど)ええ塩気(しおけ)流しの雨じゃ」
 漁師たちがのんびり夕立(ゆうだち)をながめておると、突然、ドンガランガンと、鍋(なべ)をひっ転がしたような音がし、続いて、バッシャーンと、何かが井戸へ落っこちた気配やと。
 「何事かいなあ」
と、漁師たちが集まって、恐る恐る井戸を覗(のぞ)いて目をまんまるにしよった。
 「こ、こりゃあ」
 「おお、確かに」
 「しかも、子供(こども)じゃ」
 何と、赤い、小っさな雷さまが落ちとった。

 
 そして、あわれな声で、
 「拾(ひろ)うてくれええ」
 ちゅうとるんやと。
 皆(みんな)でどうしょうかと顔を見合わせておったがの、そのうち、一人の年寄(としよ)りが、
 「何を言うか、ひとの家(いえ)を幾度(いくど)も焼(や)いとるくせしよって」
というて、井戸にフタを乗せ、閉じ込めてしまった。

 さすがの雷さまも、これには参ったとみえて、
 「もう、ここへは落ちはせんからぁ」
と、泣いて頼(たの)むんだと。
 「そんなら助けてやる。そのかわり、その証(あかし)に何か置(お)いていけ」
 こう、年寄りがいうとな、雷さま、
 「背中につけている太鼓(たいこ)を井戸に置いとく。湧き水(わきみず)がこの太鼓をたたいて、この井戸は一年中、水が涸(か)れないようになるぞ」
というんだと。 

 
 そんなら、と井戸から出してやるとな、小っさな雷さまは、桑の木をさがして空へ昇(のぼ)って行ったそうな。
 それからというもの、桑名の赤須賀には二度と雷が落ちなくなり、その井戸からは、いつも太鼓の音が鳴り響(ひび)いて、今でも水がきれることはないそうな。

 こんでちょっきり一昔(ひとむかし)。

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