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おおどしのかめ
『大歳の亀』

― 熊本県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 昔昔、あるところに貧乏(びんぼう)な爺(じい)さんと婆(ばあ)さんがあった。
 ある年の暮(くれ)に、正月用意もできないので、遠くの親類(しんるい)を頼(たよ)ることにしたと。
 ちいとばかりの荷物を持って、家を出しなに、爺さんが、
 「なあ婆さんや、正月の餅(もち)、どうするか」
と言うた。

 
 そうしたら、誰か知らんが、
 「米で搗(つ)かしゃれ、粟(あわ)で搗かしゃれ」
と言う者がある。爺さんが、
 「はて、誰じゃろか、今物言うたのは」
と言うて、声のした門口(かどぐち)の石垣(いしがき)の下を覗(のぞ)いてみたら、小さな亀が一匹いた。
 「この亀が返事をしたじゃろか」
 「まさか」
 「うーん、試(ため)しに、もう一遍(いっぺん)言うてみよか」
 「そだなや」
 「そんじゃ、いいか、しっかり見とれよ。正月の餅、どうするか」
と爺さんが言うと、婆さんがしっかり見ている前で、亀が、
 「米で搗かしゃれ、粟で搗かしゃれ」
と返事をしたと。

 
 爺さんと婆さんは驚(おどろ)くやら、喜(よろこ)ぶやら。
 「ホーホー」と言うて、この亀を捕(とら)えて、村で一番の分限者(ぶげんしゃ)のところへ持って行った。わけを話したら、分限者は、
 「ぜひ、亀に物を言わせて見せてくれ」
と言う。爺さんが、
 「そんなら。正月の餅、どうするか」
と言うと、亀が、
 「米で搗かしゃれ、粟で搗かしゃれ」
と返事した。
 分限者はとても喜んで、
 「いや、めでたい、めでたい。いいもんを見せてもろうた」
と言うて、爺さんと婆さんに銭と米と年取り魚をくれたと。そして、
 「あんたたちが心がきれいだから、神様(かみさま)が授(さず)けて下さったのだろう。亀は大事にしなさい」
と言うた。
 爺さんと婆さんは、遠い親類を頼らなくてもよくなった。家に帰って、亀と一緒にいい正月を迎(むか)えたと。

 
 隣の爺さんがこれを聞いて、やって来た。
 「そん亀、一日でいいから貸(か)してくれ」
と頼まれ、貸したと。
 隣の爺さんは、隣の町の分限者のところへ行って、
 「物を言う亀を持って来ました。いっちょ、試して見せましょう」
と言うて、
 「正月の餅、どうするか」
と言うた。が、亀は何も言わん。
 「これ、言え。いいか、もういっかい言うからな。返事すれよ。いいか。正月の餅、どうするか」
 やっぱり、亀は何も言わん。隣の爺さん、隣町の分限者にさんざん怒(おこ)られて、追い返されたと。隣の爺さん、腹立ってならん。俺に恥(はじ)かかせた、言うて、亀を打ち殺して庭に埋めてしまった。
 貧乏な爺さんと婆さんは、隣の爺さんが亀を返しに来ないので心配になった。催促(さいそく)に行ったら、殺して埋めたと言われた。泣く泣く亀の死骸(しがい)を掘(ほ)り出して、自分の家の庭に埋めなおし、墓印(はかじるし)に竹を植えたと。

 
 そしたら、その竹が昼も夜もずんずん伸びて、雲の上まで届いて、三日目の晩、チリンカラン、チリン。チリンカラン、チリンと賑(にぎ)やかな音がした。
 爺さんと婆さん、
 「何事だ」
 「ほんに何でしょうか」
と言うて、庭を見ると、眩(まばゆ)い光をキラキラ放(はな)って、大判小判が天から降って来るんだと。
 竹が伸びて、天上の雷(かみなり)さんの金蔵(かなぐら)の床板(ゆかいた)を突き破(やぶ)ったと。
 爺さんと婆さんは大喜び。俵(たわら)に詰(つ)めて積(つ)み上げたら、三日三晩もかかって詰め終えたと。
 隣の爺さんがこれを知って、
 「俺にも竹を一本、分けてくれ」
と言うてきた。分けてやったと。


 隣の爺さんがその竹を植えたら、ずんずん伸びて、雲の上まで届いて、三日目の晩、ボタボタ賑やかな音がした。
 「そおら天から降ってきたぞお」
と喜んで外へ出てみたら、何と、大判小判ではなくて、糞(くそ)が黄色いしぶきをまき散らしながら落ちて来ていたと。
 竹が伸びて、天上の雷さんの大便所(だいべんじょ)の底を突き破ったのだと。
 隣の爺さんは、その婆さんと一生涯(いっしょうがい)、糞の後片付けをして暮らしたと。

  そるばっかい

「大歳の亀」のみんなの声

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