― 高知県 ―
語り 平辻 朝子
再話 市原 麟一郎
整理・加筆 六渡 邦昭
私は、土佐(とさ)の江川崎村(えかわさきそん)の江川本村(えかわほんむら)尋常(じんじょう)小学校というたった二学級しかない小(こ)んまい学校の校長として赴任(ふにん)しました。今の四万十市(しまんとし)土佐江川崎の本村小学校の元になる学校です。
そのころそこの住宅(じゅうたく)は平屋(ひらや)でした。付近(ふきん)に人家もあり店屋もあるし、それほど寂(さみ)しいところじゃありませざった。
あれは、昭和(しょうわ)のはじめころじゃったと思います。
ある晩(ばん)、ひょっと目が覚(さ)めてみると、急に体を押(お)さえつけられて動けんようになりました。
それだけじゃのうて、何者(なにもの)かが両手(りょうて)で私の両脇(りょうわき)を押さえて、ちょうどくすぐるような格好(かっこう)でした。
そんなんで、重(おも)たいがよりこそばゆいが苦しゅうてたまらず、一生懸命(いっしょうけんめい)跳(は)ねのけちゃろう思うても、身体(からだ)はちっとも動けません。
大声で叫(さけ)んでやろうと思うても、ちっとも声が出ません。
とにかく、こそばゆうてたまらんし、身体はちっとも動けんし、声も出せられんしで、もうたまらん。死にそうになったとたんに、すっと身体が軽(かる)うなって、こそばゆいことも止(や)みました。
私は、じきにとび起(お)きて、ゲンコツで布団(ふとん)をどやしつけました。何かがおるとは思いませざったけんど、腹立(はらた)ちまぎれですらぁ。
そして、すぐに電灯(でんとう)を点(つ)けてみましたが、もちろん何のこともありませざった。
それからは、来る晩も来る晩も、あの妙なもんが来りゃすまいかと恐怖(きょうふ)や不安でよう眠(ねむ)りませざった。
そんでも日が経(た)つうちに、いつやら忘れかけちょりましたら、また来た、また来た。おんなじようにやられました。何とも苦しかったです。
そのようなことが三遍(さんべん)か四遍(しへん)位あったろうと思います。
そのことを近所の人に話したら、
「先生、そりゃあ狸(たぬき)に鼻(はな)むされたがじゃないかのうし。そげなことん、あるもんよのうし」
と言うことでした。また、別の人が、
「あそこは元(もと)お墓(はか)があったがで、それを上のお寺へ移(うつ)して、その跡(あと)へ家を建(た)てたがで、めっそうええ屋敷(やしき)じゃないけんのうし」
と言うて、まるで、化け物が出るは当たり前というような顔をしました。また、
「前におった人がくそ狸を飼(か)いよったゆう評判(ひょうばん)もあったそのうし」
とも言いよりました。
狸が鼻をむす程度ならよいですが、こそばゆうてたまらんを身動きも出来ず、じいっとしちょらんならんがは、まっこと言いようもない辛いもんでした。
そして私の息子が大宮(おおみや)の郵便局(ゆうびんきょく)へ勤(つと)めよりますが、そこでも宿直(しゅくちょく)の晩に二階で寝よると、夜中に妙な音がしたり、胸(むね)を押しつけに来るそうです。他の職員(しょくいん)も段々(だんだん)そげな経験(けいけん)をしたそうです。
現代科学(げんだいかがく)の立場から、そげなことは信じられんという人もあるけんど、どっちみち事実あることにはちがいありません。
狸の仕業(しわざ)か夢か、夢なら何遍も同じ夢を見るはずはないし、不思議な現象もあるもんです。
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「狸の鼻むし」のみんなの声
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