― 高知県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭
昔、ひとりの侍(さむらい)がお供を連れて、山道を越えよったげな。
うんと日が照る暑い日のことで、侍もお供の者も「暑い、暑い」ち言いながら歩きよったところが、峠に一軒の店があって、看板に"涼み袋あり"ち言(ゆ)うて書いてあるっと。
「ほほう、峠の店ち言うたら茶屋というのが通り相場、それが涼み袋屋とは面白い」
ち言うて、侍が早速店に入って行くと、奥に小ざっぱりした身なりの爺さが、座敷(ざしき)の上(あ)がり端(はな)に腰掛けて、にこにこしておったと。
侍が、
「こりゃ、涼み袋ち言う物(もん)があるかや」
ち言うてきくと、爺さが、
「へぇ、看板のとおりですきに」
ち言うもんじゃきに、
「そんなら二袋ばぁ、くれんか」
ち言うて、紙袋のふくれたのを買(こ)うたっと。
侍はそれをお供の者に持たして、ふもとの宿に着いたっと。
ところが、その晩あんまり蒸(む)し暑いもんじゃきに、お供の者を呼んで、
「国へ持っていのうと思いよったが、こうも暑うちゃあ、こらえきれん。一袋持って来てくれんか」
ち言うて、涼み袋を持って来さしたっと。
袋の口を開けてみると、何とも言えん涼しい風が吹き出てきて、侍はその涼しさのおかげで、すやすや寝てしもうたっと。
そしたら、お供の者も暑うてたまらんもんじゃきに、こらえきれんようになって、
「こうも暑うちゃあ寝ることも出来ん。さっき旦那(だんな)さんが涼み袋を使うて気持ように寝なさったきに、ひとつおらも使うてみよ」
ち言うて、紙袋の口を開けてみたそうな。
すると、うんと気持がよかったもんじゃきに、
「もうちょっと、もうちょっと」
ち言うて、とうとう残り全部使うてしもうたっと。
「さあ困ったぞ、旦那さんがお目ざめになったら、きっともう一袋持って来い、ち言うにちがいない。困ったのう」
お供の者は、さあて、と頭をひねりよったところが、ふと、ええことを思いついたそうな。
浴衣(ゆかた)の尻をはしょってかがむと、空(から)になった涼み袋を尻に当てがい、すかしっ屁をス―ッとひり込んで、袋の口をパッと閉じたっと。
また少したって、ス―ッとひり込んでパッと閉じる。
ス―ッ、パッ、を二つ三つくり返して、袋の口を固くしばると元の所へ置いちょいたっと。
すると、思ったとおり夜中ごろになって侍が目をさまし、
「こう暑うちゃあやりきれん。こりゃ、残りの袋を持って来い」
ち言うたそうな。
お供の者は、そら来た、と思ったけんど、そこは知らん顔で、すかしっ屁の入った紙袋を持って行ったそうな。
侍は、涼しい風をたのしみに紙袋の口を開けた。そしたら、む―んと、臭い風が吹いてきたそうな。
「うっ、な、なんだ、この風は」
ち言うて、むせっとると、お供の者が、
「蒸し暑いけえ、風まですえちょりもしたなあ」
ち、涼しい顔して言うたげな。
むかしまっこうたきまっこう、
たきからこけて猿のつびゃぁぎんがり。
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「涼み袋」のみんなの声
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