民話の部屋 民話の部屋
  1. 民話の部屋
  2. 河童が登場する昔話
  3. 河童徳利

※再生ボタンを押してから開始まで時間がかかる場合があります。

かっぱどっくり
『河童徳利』

― 神奈川県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 むかしむかし、相模の国(さがみのくに)、今の神奈川県(かながわけん)茅ケ崎市(ちがさきし)の西久保(にしくぼ)というところに、五郎兵衛爺(ごろべえじい)という馬方(うまかた)がおった。働き者で、正直者(しょうじきもの)で、酒好き爺だったと。
 五郎兵衛爺は、貧乏徳利(びんぼうどっくり)と馬のあおを我が子のように可愛がっていた。
 ある夏の暮れ方(くれかた)、一日の仕事を終えた五郎兵衛爺が、あおを間門川(まかどがわ)へ曳(ひ)き入れて、
 「今日も一日苦労(くろう)をかけたなあ、えらくくたびれたべ」
とやさしい声をかけながら、あおのからだを洗ってやっていると、突然(とつぜん)あおが、 
 「ヒ、ヒヒーン」
と、おびえたような声でいなないた。


 五郎兵衛爺が驚(おど)いて見ると、いつ現(あら)われたのか、芦(あし)の茂(しげ)みから体半分出して、あおの尻にしがみついているものがある。
 五郎兵衛爺、水汲み桶(みずくみおけ)を投げたら、うまいことそいつの頭にポカーンと当って、そいつがのびてしまった。
 たちまち生け捕(いけど)って、そばの木に括(くく)りつけた。そいつは河童(かっぱ)だった。
 しばらくすると河童が目を覚(さ)まし、いかにも悲しげな声で、
 「どうか命だけはお助け下さい。わたしは間門川に古くから住んでいる河童ですが、今日は悪さをして申し訳ありません。
 それというのも可愛い(かわいい)子供に少しでもうまい物を、と思ってのことでした。今頃(いまごろ)は、おっ母さんが帰って来ないので、さぞや腹(はら)を空(す)かせて泣いていることでしょう。もうこれからは決して人様にご迷惑をかけたりしません。どうか許して下さい」
と、大粒の涙をこぼして詫(わ)びたと。
 五郎兵衛爺、おっ母さん河童の涙を見たら、急にかわいそうになった。縄(なわ)をといて放してやったと。 

 
 その晩、五郎兵衛爺が寝ていると、
 「もし、五郎兵衛爺、五郎兵衛爺」
と呼ぶ声が聞こえた。
 「こんな夜中に、一体誰れじゃろなぁ」
 眠たくて眠たくて、しぶる体をようよう起こすと、つづけて、
 「昼間助けていただいたお礼に参りました。五郎兵衛爺は酒好きだから、河童徳利(かっぱどっくり)を持ってきました」
という。
 五郎兵衛爺、河童徳利と聞いて、パチリと目が覚めた。雨戸(あまど)を開けると、縁側(えんがわ)に、酒の入った徳利がひとつ置いてあり、昼間のあのおっ母さん河童が立っておった。
 「この徳利(とっくり)は、酒が絶(た)えることなく湧(わ)き出る不思議な徳利です。しかし、徳利の尻(しり)を三回叩(たた)けば、酒はぴたりと止まってしまいます」 

 
 そういわれて、試しに酒を呑(の)んでみると、また、元通り徳利の口元(くちもと)まで酒が詰(つ)まった。
 それにしても、その酒のうまいことうまいこと。酒に気をとられているうちに、いつの間にかおっ母さん河童はいなくなった。
 五郎兵衛爺、茶碗に酒をついでは呑み、ついでは呑みして朝になった。したたかに酔(よ)っぱらって、仕事に行くのも忘れて、寝たと。
 五郎兵衛爺は、もともと酒を呑みたくて仕事をしているようなところがあった。その五郎兵衛爺に河童徳利が手に入った。酒は呑めども呑めども無くならない。来る日も来る日も囲炉裏端(いろりばた)で徳利をなでては酒を呑み、呑んでは眠り、目が覚めたらまた呑む。
 働き者の五郎兵衛爺も、すっかりなまけ者になって、あおのことなど、とうに忘れてしまったと。
 ある日、酔っぱらった五郎兵衛爺が、なにげなく背戸(せど)に出た。すると、あおが、いかにも懐(なつ)かしそうに、いなないた。 

 
 五郎兵衛爺、からだを前後(まえうしろ)にゆらしながら目をこらしてよおっく見たら、元はよく肥(こ)えていたあおも、今はやせ衰(おと)えて、見るかげもない。
 五郎兵衛爺、はっとして、酒の酔いがいっぺんにさめた。
 「そうだ。あの河童徳利のために、すっかり忘れとった。すまねえなぁ、あお。こんなにやせちまって」
 五郎兵衛爺、あおの首を抱(かか)えて泣いたと。
 そして、囲炉裏端にとって返すと、河童徳利の尻を、ポンポンポンと三回叩いた。
 河童徳利をさかさにしてみたら、酒は一滴(いってき)も出なかったと。
 五郎兵衛爺、それからは再び村一番の働き者になったと。

 いちがさかえた。

「河童徳利」のみんなの声

〜あなたの感想をお寄せください〜

驚き

茅ヶ崎育ちです。地元にこんな素敵な民話があったとは。 一度は怠け者になった五郎兵衛爺さんがポンポンポンっと改心。 縁の西久保周辺を訪ねてみたくなりました( 女性 )

感動

あおを大事にしてくれたゴロベイジイがかっこよく見えた!( 10代 / 女性 )

楽しい

面白い( 10代 / 女性 )

こんなおはなしも聴いてみませんか?

吉四六さんと鳶と魚売り(きっちょむさんととんびとさかなうり)

むかし、豊後の国、今の大分県臼杵市野津町大字野津市というところに吉四六さんという面白い男がおった。ある日のこと、吉四六さんにしては珍しくすることがなくて、縁台に腰かけていた。

この昔話を聴く

爺さまとカニ(じさまとかに)

 むかし、あるところに子供のおらん爺(じ)さまと婆(ば)さまがおった。  爺さまは、毎日山へ柴(しば)を刈(か)に出かけたと。  ある日のこと、いつものように山で柴を刈っていると、のどが乾(かわ)いた。

この昔話を聴く

夜の蜘蛛(よるのくも)

昔、あるところに若い男が住んでいたに。そろそろ嫁をもらう年頃になっても、いっこうあわてない。村の年寄りたちが若者に聞くとな、「わしゃぁのん、嫁には注…

この昔話を聴く

現在886話掲載中!