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ゆりわかだいじん
『百合若大臣』

― 鹿児島県 ―
語り 井上 瑤
再話 六渡 邦昭

 昔、あるところに、それはそれは豪胆(ごうたん)な百合若大臣(ゆりわかだいじん)という武将(ぶしょう)があったと。百合若大臣は、ひとたび眠(ねむ)れば七日間も眠り続け、起きれば七日間も起き続けるという人であったと。

 
 あるとき、大臣は江戸へのぼることになった。船をしたて、供(とも)の者大勢連れて出掛けたと。
 途中で無人島(むじんとう)に立ち寄り、水を汲(く)むことになったと。
 大臣の一番の供が陸(おか)へあがって島を調べ、大勢の供たちを船から降(お)ろした。そして、
 「お前たち皆(みな)も陸で休め。大臣とおれも陸でしばらく寝ることにした」
と言うた。お供の者たちは、久し振りの陸に皆、喜(よろこ)んであがったと。
 しばらくすると、また一番の供が、
 「みんなが騒(さわ)ぐとゆっくり寝ていられないから、今度は船で遊べ」
と言うて、みんなを船に戻した。
 大臣はというと、もう、ぐっすりと眠ってしまっている。一番の供は、大臣の腹帯(はらおび)と刀(かたな)をとって、何喰(く)わぬ顔で船に戻り、船を出させたと。江戸へは向かわないで、国に戻ったと。

 
 国に帰り着いた一番の供は、百合若大臣の妃(きさき)に、
 「大臣は無人の島で死んでしまいました。死ぬとき大臣は『わしの妻(つま)は、お前にやるから一緒(いっしょ)に暮らしてくれ』と、遺言(ゆいごん)されました。わたしは大臣の葬式(そうしき)をしてから帰って来ました」
と、嘘(うそ)を言うたと。妃は、
 「あれほどの人が、ただ死ぬとは考えられぬ。死んでも魂(たましい)は生きて私の元へ来るはず。あなたの妻になることは出来ません」
と言うて、承知(しょうち)しなかったと。
 館(やかた)に残っていた家来たちも、
 「せめて、三年の忌晴(いみばれ)を待ってはどうです」
と進めたが、一番の供は、
 「お前たちは黙(だま)っとれ」
と叱(しか)りつけ、とうとう大臣の妃を己(おのれ)の妻にしたと。

 
 百合若大臣は、大層(たいそう)立派(りっぱ)な馬を持っていた。一番供がその馬に乗ろうとすると、馬は気が荒(あら)くなって、手におえないのだと。
 それで一番供は、黒鉄(くろがね)の厩(うまや)を作って、その中に押し込めてしまった。
 その頃、無人島では、七日間も眠り続けた百合若大臣が、やっと目をさました。ところが、供の者は一人もおらず、火の気もなかった。
 「謀(はか)られたか。彼奴(きゃつ)め、生かしてはおかぬ」
 この上は何としてでも生きて国へ戻ると決意したと。
 大臣は、来(く)る日も来る日も海の貝を拾って食いつなぎ、長い長い間、無人島で暮らしたと。ようやく、島の沖(おき)を大きな船が通りかかった。
 大臣は、ありったけの声を出して叫(さけ)び、木を振(ふ)り廻(まわ)した。

 
 船の者が気付いたと。
 「この島に人が居るはずがない。鬼ではないか」
 「いやいや、人に相違(そうい)ない」
 「こうしてみたらどうだ。船を近づけて、カイの先に米粒(こめつぶ)を三粒(みつぶ)つけて差し出せば、人間ならそれを口に入れ、いつまでも噛(か)んでいる。鬼なら丸飲みにしてしまう」
 こう談義(だんぎ)して、船を島に近付けたと。
 見れば、なるほど髪(かみ)は伸(の)び放題(ほうだい)に伸び、顔も髯(ひげ)におおわれて、人とも鬼とも言い切れない。カイに米粒三粒をつけて差し出すと、米粒をとって、味わうように、いつまでも噛んでいる。
 「これは人間じゃ」
と言うて、船の者たちは大臣を助けあげたと。

 
 大臣から、この島に居た理由(わけ)を聞いた船の者たちは皆々(みなみな)驚(おどろ)いた。しかも、音に聞こえた百合若大臣だというのだから尚更(なおさら)だ。
 「あなたの妃殿(きさきどの)は、今では一番の供の妻になっていると聞き及(およ)んでおります。何でも、あなたは、とうに亡くなっていて、いまわの際(きわ)に妃殿を一番の供に託(たく)したと言うことでした」
 これを聞いた百合若大臣は、いよいよ国へ帰ることにしたと。
 船の者たちの手厚(てあつ)いもてなしで、大臣の身体(からだ)はやせてはいても、段々元気になってきた。
 しかし、髪も髯もそのままにしておいたと。 国に帰ると、大臣は館の隣の家に行って、
 「馬の草刈(くさか)り部(べ)か、庭掃(は)き部にしてくれ」
と頼んで、その家の草刈り部にやとわれたと。
 その家(や)の他の下人(げにん)たちは、大臣の身なりを見てあざけったと。が、一度(ひとたび)草刈りを始めると、その早いのに驚いて、たちまち一目(いちもく)も二目(ふたもく)も置くようになったと。

 
 次の日、大臣は隣近所の七人の草刈り部と一緒に草刈りに行った。みんなに向かって、
 「おれがこの大鎌(おおがま)で草を刈り出すから、お前たちはそれを拾って籠(かご)に入れてくれ」
と言うた。皆は大喜びで、大臣の刈る草を拾い集めたと。たちまちのうちに皆の籠が一杯(いっぱい)になり、それを朝、昼、晩の三度(みたび)担(かつ)いで帰ったと。
 それまでは、一日一籠(ひとかご)の作業量だったから、いっきに三倍の量(はか)がいくようになり、七人の草刈り部の主人たちは皆々喜んだと。すると、隣の館の主人で以前の一番供が、
 「是非、その草刈り部をわしに譲(ゆず)ってくれ」
と言うてきた。
 「それは出来ん」
 「いや、譲ってくれ」
 「それほどまで言うのなら、本人の望(のぞ)む通りにしよう」
と言うことになり、百合若大臣に聞いてみた。
 「行きます」
と言うので、大臣は己の館の草刈り部としてやとわれることになったと。

 
 百合若大臣は己の館に行くと、刈って来た草を馬にやりたいと言うた。 黒鉄の厩の前に立ったら、馬番(うまばん)が、
 「その馬は近寄ると喰(くら)いつくから、遠くから草を投げ与(あた)えろ」
と言う。大臣は、かまわず厩に入って行き、馬の耳に口をあてて、
 「お前は、元の主人を忘れたか」
とささやくと、馬は逆立(さかだ)てていた毛を伏(ふ)せて鼻顔(はなづら)をこすりつけてきたと。
 大臣は馬をひいて庭へ出た。びっくりしている馬番に、
 「この馬の鞍(くら)を貸(か)して下され」
と言うと、四人の者が鞍を担(かつ)いで来た。大臣は、その鞍を片手で馬にかけ、腹帯(はらおび)を締(し)めると、次に、
 「鞭(むち)を貸して下され」
と言うた。今度は二人の者が鞭を担いで来た。
 大臣は、その鞭を小指(こゆび)ではさんで受け取り馬に乗ったと。
 庭の東西(とうざい)を三度(さんど)乗りまわしてから、鞍をはずし、馬をやさしくなぜてやった。馬は嬉しそうにいなないたと。

 
 馬番は、この馬が人を乗せたのは、前のご主人以来のこととて、びっくりしたままだ。
 その馬番へ、大臣は、
 「弓を貸して下され」
と頼んだ。馬番が武器番(ぶきばん)に話すと、そんな奴(やつ)なら、これはどうだ、と言うて、鋼鉄(はがね)で作った弓と矢を、四人がかりで担ぎ出してきた。
 大臣は弓と矢を片手で受け取ると、弦(げん)を引きしぼり、ビン、ビンと鳴(な)らして試(ため)してみた。
 「うむ。これなら大丈夫。
 この家のご主人の皿に、ちょうどよい鳥がいるから、射(う)ちとりましょう」
と言うて、鋼鉄の弓に鋼鉄の矢をつがえ構(かま)えた。その構えを見た武器番は、はっと息を呑(の)んだと。
 「と、と、殿」
 すると、馬番もようやく気が付いた。
 「と、と、と、殿」
 百合若大臣は、それにはかまわずに、
 「雌(めす)の鳥はどけ、雄(おす)の鳥は出(い)でよ」
と、大声で言うた。


 そしたらこの家の主人で、元の一番供が出て来て、
 「どれ、どれ、鳥はどこにおるか」
と言うた。大臣が、
 「鳥は、お手前(てまえ)。さてもおろかなやつ。まだ、このわしが分からんか」
と言うと、一番供は目を細めて見、はっと息を呑み、まさかという顔をした。
 「そうだ、そのまさかじゃ。お前の命、最早(もはや)これまでじゃの」
と言うて、一矢(ひとや)で射殺(いころ)してしまったと。
 館へ上がると、妃は息も出来ないくらいに泣いていた。妃からことの次第(しだい)を聞いた百合若大臣は、
 「女のそちに他に何が出来たか。そちさえよければ、元のように夫婦(みょうと)になって暮らそうぞ」
と言うた。百合若大臣と妃は、再び、むつまじく暮らしたそうな。

  そいぎぃのむかしこっこ。
 

「百合若大臣」のみんなの声

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驚き

ギリシャのオデュッセウス伝説とすごくよく似てますね こんなに離れてるのにそっくりな話が伝わっているなんて不思議です( 男性 )

驚き

何日も寝れてすごい…ZZZ( 10代 )

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